それは「デザイン」ではない

「デザイン」という職能、デザイナがやっていることを理解してこそ、はじめてデザインをマネジメントできる。→デザイン・マネジメント

「理解」するうえでは、まず流布している「誤解」を解消しないと。今回「デザインへの誤解」について核心を突いた文章を見つけたので引用しながら紹介する。
なぜ「デザイン」という行為、「デザイナー」という職業は誤解されるのか(注:元記事ではゲーム業界におけるデザイナーの役割がテーマ)

デザイナーとエンジニアのハイブリッドみたいなやつのことを本当はデザイナーと呼ぶのではないか、ということだ。というのも、エンジニアリングを理解せずにデザインなどできるわけが無いと考えるからである。
ゲームデザインにせよ、レベルデザインにせよ、あるいは引用元でも触れているインターフェイスデザインにせよ、エンジニアリングを理解せずに出来る行為ではない。一方で北米でartと呼ばれるそれは、(誤解を恐れずに言えば)エンジニアリングをたいして理解していなくとも--もちろん、理解していることに越したことは無いが--可能な作業である。
開発の分業化が進むにつれて、designerとartistの区分が明確になってきた、とも言えるだろう。
このことは「デザイン」が「設計」という言葉で置き換わりうることを知っていれば、当たり前のことだ。構造計算のできない建築設計士(=デザイナー)がどれほどあり得ないことなのか、わざわざ私が主張するまでもないことだろう。だがしかし実際には「デザイン」は「意匠」という言葉で置き換えられて理解されている。冒頭で紹介したゲームデザインに対する誤解の例も、「デザイン=意匠」という理解が生んだ誤解だった。根本的な原因はここにあるのだろう。
デザイナーはもちろん、意匠に対しても意識を集中させなくてはいけない。だがしかし、意匠に終始するのであれば、それはart(アート)である。 design(デザイン)ではない。同時にengineering(エンジニアリング)に終始してもそれはdesign(デザイン)ではない。アーティストとエンジニアのハイブリッドこそデザイナーと呼ぶべきであり、どちらに偏っていても、どちらかが欠けていても、それはデザイナーではない。

引用元のさらに引用元でも示唆に富む文章を見つけました。
エンジニアの方が優れたユーザインタフェースデザインができる理由

マーケ、デザイン、企画、営業などの職種って、「相手の気持ちの動きを、自分の脳内でどれだけ的確かつ精密にシミュレーションできるか?」という、「気持ちシミュレーション能力」みたいなので、基本的能力がきまっちゃうことがあって、それが弱いと、どんなに営業スキル、デザインスキルを積んでも、「気持ちシミュレーション能力」の高い素人に負けちゃうことが多いんですよね。

まさに「デザイナー」のスキルというのは、そこだと思います。「受け取る人間の心の中の動き」を自分で追体験(※)する能力。意匠をつくる能力とは、かなり別のものです。
※追体験:過去だから「追」だとするならば「追体験」という表現ではなく「予体験」とでもいいましょうか。

ZEROBASEのスタンス

一部「分業をよしとする」ように受け取られかねない部分があったため、誤解のないように補足します。産業全体の分業化は歓迎する出来事ですが、ZEROBASEはあえて「一人でなんでもできる職人」のような人材を求めます。

(再掲)開発の分業化が進むにつれて、designerとartistの区分が明確になってきた、とも言えるだろう。

産業の成熟化は、「なんでもできる天才的職人を必要としなくなる分業化」という結果をもたらします。それにより、「必要なスキル」も、「人件費」も、「最終製品の価格」も、下がっていく。むかし職人が作っていたようなものでも、いまは東南アジアの工場で作られて100円ショップで売られているという例を想像してもらえばいいでしょう。

これは余談ですが、弊社のこだわりとしては、「産業が成熟すると、製品価格、人件費、必要スキルが下がる」という産業史観を不可避としつつも、それに抗うようなマルチ人材を集めていきます。産業が成熟化するほど、その産業が未成熟だったときにいたような「なんでもできる天才」は減るのです。だからこそ、その「能力の稀少性」に高い価値があるのは当然です。(上の例なら、中国製の安い製品が出てきても、伝統を持つ職人の価値は下がらない)

ただ、そういう天才的な人は、1人ではきちんとした経済価値を提供できない。例えば営業活動、ニーズの把握などができるか、ということ。いくら天才的スキルがあっても、事業活動のすべてをカバーするスキルは持たないでしょう。だから、成熟産業でほかの就労者と大差ないレベルの低賃金に甘んじることにもなる。(上の例なら、とはいえ中国製品に押されて徐々に価格(≠価値)は下がってくる。テレビ番組で「昔はたくさんいた職人も、いまでは○○さんだけになってしまった」といったナレーションに聞き覚えがないでしょうか)

それは、もったいない、というわけで、ゼロベースという会社は、そういう稀少なスキルを組み合わせて(自社のスキル・ポートフォリオ資源の活用)、他社にない価値をクライアントに提供するための会社です。(上の例なら、職人芸に現代的な再評価を与えて、高い価値(というかこの場合、価格)を取り戻す、など)

いわばZEROBASEとは変人の集まりなのです。違うか。いや、違わないか。

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デザイナーはエンジニアリングの理解が必須、エンジニアはデザインの理解が必須、ということについて。

エンジニアの方が優れたユーザインタフェースデザインができる理由
上でも紹介しましたが、下記の箇所以降は必読。秀逸なMOT(management of technology)論として読めます。

で、ここからが、本題なのですが、ユーザインタフェースデザインで、エンジニアをとくに有利にしているのは、デザイン的に重要な「シーズ」を握っているからなんだと思うんですよね。

ちなみに今回引用した記事を含めて、この話題はブログ上で盛り上がっている模様です。調べてみると震源地ははてなおや氏でした。ソフトウェアのインタフェイス論から、デザインとエンジニアリングの不可分性に話が及ぶなんて、まさにZEROBASE的には嬉しい展開というか。もっと広めたい。

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