刺身のUIデザイン

ゼロベース社は「UIデザインに力を入れています」などと宣伝している会社なのですが、あるいは、そんなに力を入れていないのかもしれないのではないか、という気がしてきました。

少しばかり、これらのサイトをご覧ください。UIを工夫したつもりのサイトです。(※コマーシャライザーはオープン直後から想定外の反響で、サーバの負荷や回線帯域がすごいことになっているようです・・・)

いずれもシンプルなUIだと思います。

これらは複雑なことを簡単にやるために工夫されたUIではありません。簡単なことを簡単にやるためのUIです。どこにUIデザインの工夫があるのかということになります。もし「UIデザインに力を入れる」ということが、複雑なシステムをシンプルなUIに落とし込む努力なのだとしたら、じつは我々はUIデザインに力を入れていないのではないか、そんな気がしたのです。

とはいえ、何も工夫していないわけではなさそうです。お客様から評価いただけるということは、どうやら工夫はしているようだ。それは何か。UIデザインで努力せず済むようにしていることが、我々の工夫のようです。それは企画の努力です。良い企画、つまり良いネタを仕入れて、素材に対して、余計な手を入れず、素直に仕立てる。良いネタとは、ひとことで説明できる企画といってもいい。シンプルな企画は、シンプルなUIになるということです。我々はどうやら刺身のようなUIデザインを理想としているようです。

「いいUIデザインをするためには、いい企画が必要だ」

なんという当たり前の話でしょうか。企画はプロジェクトの、プロダクトの、源です。そこがダメなら全部ダメでしょう。そんな当たり前のことを、実感をもって再認識したのでした。こんなことは33年前の「人月の神話」(初版1975年)という本に、すでに書いてあります。

コンセプトの完全性こそ、システムデザインにおいてもっとも重要な考慮点だと言いたい。一つの設計思想を反映していれば、統一性のない機能や改善点などは省いたシステムの方が、優れていてもそれぞれ独立していて調和のとれていないアイデアいっぱいのシステムよりましである。

出典:フレデリック・P・ブルックス, Jr.著『人月の神話』 p.36

33年前の本に書いてあり、私はそれを10年ほど前に読んで知っていたはずです。あたかも、いま新たに発見したかのように書いている私の頭は、あまり出来がいいとは言えないようです。

自分が前から知っているはずの物事を、いかに知らなかったか、知ることになる。最近、そんなことの繰り返しです。一つの業界に長くおりますので、たいていのことは分かっていてもよさそうなものですが、どんどんものが分からなくなってきます。最近その傾向が顕著でして、自説が怪しくなり、確かな理論など何も無いような気がしてきました。現実を率直な目で見て、自分の頭で考える。考えることに近道など無い。そんなことが分かってきただけでも、多少は賢くなってきたのかもしれませんが。

ひとつ言えるのは、先達の知恵をばかにしたものではない、ということです。50代、60代の老練なエンジニア達に学べることは山ほどあるはずです。たとえ技術がメインフレームからPCになり、SaaSになっても。若者はマッシュアップを理解できない人たちを見て、老いは退化だとでも思うかもしれませんが、浅はかなことです。とりあえず、「人月の神話」を読んだことのない人にはおすすめしておきます。あるいは、昔の私と同じく、読んでも理解できない方がおられるかもしれません。それでも、本棚に置いておいてください。数年後に読み返したとき、体験に基づく知恵が生き生きと書かれていることに気付くでしょう。そして、システム開発が技術の問題ではなく人間の問題である限り、ここに書かれていること(の一部)は100年後でも通用するでしょう。


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そういえば本題は「刺身のUIデザイン」でした。つまり、その意味は、与えられた企画に対してUIを努力するのではなく、みずから良い企画を出そうと努力することにより、UIデザインでは素直な仕事をするだけ−−−という自社のいわば芸風に気付いたということなのでした。読んでくださって、ありがとうございました。

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