雇用を「守る」という語感のミス・リーディング

雇用を「守る」という言葉は「雇用維持」を意味します。しかし雇用を維持するためには「攻め」の経営が必要です。これが混同されていないか。「雇用を守る」ためには「守り経営」ではいけない。〔2011年10月の追記:今の私から見ると拙い文章です。〕

「人を切らない」ということを「家族主義」などという甘ったれた言葉で誤魔化す人がいる。実態はまるで逆です。雇用の維持は「守り」ではなく、兵力維持という「攻め」の布陣です。インテルは、人を切らず、大胆な攻勢に出ました。

On Off and Beyond: インテルが大不況下おなじみの大規模投資を発表

インテルが、今後2年間で70億ドル(6千億円超)を投下して米国の工場をアップグレードする、と発表した。
Intel: See, We're Not Dead!

7000人の雇用が守られるそうだが、「またか」という感じでもある。というのも、シリコンバレーが死の淵からなんとか脱出しようとしていた2003年2月にも、インテルは20億ドルの設備投資を発表したのであった。2003年初頭がどういう雰囲気だったかは、当時の私のブログエントリー「シリコンバレーは復活するか」などご覧あれ。「もうシリコンバレーは終わり」という人がいっぱいいた時代であります。

半導体というのは需要のアップダウンが周期的に襲ってくるので、景気の悪いときにちゃんと設備投資しておくと、次に景気のいいときに一気に売上を伸ばせる。のではあるが、頭でわかっていても、実際に「この世の終わり」みたいな景気の時に多額の投資をするにはガッツがいることでしょう。

雇用を「守る」という言葉は経営と雇用の本質を見誤らせる恐れがあると思っています。言葉尻を取るようですが。上記の引用にかぎらず、世間一般に「雇用を守る」という表現が用いられていますが、今日はこれの問題点を取り上げます。

もしインテルが2,000人を切れば、残り5,000人の雇用を「守る」ことになる。需要減に即応して安全圏まで固定費を下げることで、5,000人の雇用はしばらく安泰でしょう。そのほうが、むしろ「守る」という語感に近い。企業が自分自身を守るのだとしたら。

人員整理によって事業構造改革(リストラクチャリング)の時間を稼ぐ。赤字を垂れ流したままではリストラの成果が出る前に倒産するかもしれない。いったん赤字を止めて、時間を稼ぎつつ、改革を進める。これをV字回復と呼びます。「リストラ」と「首切り」が同一視されているのには根拠がある。固定費の大半は人件費だから、リストラには人員整理が必要な場合が多いのです。

ふたたび攻勢に転じるために、じっと雌伏の時を堪え忍ぶ。これは確かに「守り」です。

1段階論理の正義 - 池田信夫 blog

近視眼的な正義が、結果的には大きな社会的不正義を生んでいることに気づくべきだ。

しかし、インテルの選択は「守り」のリストラではない。「攻め」です。人員数の維持とは、軍縮の拒否です。人員削減とは戦力削減に他ならない。これから猛烈な「攻め」に出るなら、兵隊を減らすことなどありえない。そんな矛盾した決定はない。インテルは解雇しないどころか、投資を発表した。

この攻勢が失敗すれば、全員の雇用が危なくなる。インテルは雇用を「守った」かもしれないが、じつは7,000人の雇用を危機に陥れたのかもしれない。インテル経営陣は従業員に対して「我々の意志決定と心中する覚悟をしろ」と言っているように思える。

もし急激な業績悪化においても解雇しない企業があったとしたら、従業員に対して「我々の意志決定と心中する覚悟をしろ」と言っているように思える。

インテルが「雇用を守った」ことを「家族主義経営」という言葉で呼ぶのは、とんでもないミス・リーディングになる。そこにパターナリスティックな温情は存在しない。アンドリュー・グローブ氏のDNAを持つインテルは、戦略転換点において、まさしく軍隊のような規律ある献身的行動を、全従業員に求めるはずです。

雇用を「守る」といった言葉の語感に騙されてはいけない。雇用の維持とは軍縮拒否という背水の陣なのであり、攻撃の布陣なのです。背水の陣で守りを固めるといった愚を犯せば、敵から川に叩き落とされる。大きな固定費を削減せずに抱え続けるならば、一気呵成に攻めるしかない。それ以外に採るべき選択肢はない。

ところが、自分の決定、あるいは決定回避が、実質的に背水の陣を敷いている、ということに気付かない経営者もいる。思考停止した経営者は無用の長物。その経営者を川に叩き落としたうえで、自分たちは守るのか攻めるのか、ただちに意志決定して行動した方が良い。

敵の存在も忘れてはいけない。数々の破壊的イノベーションが不況期に生まれています。これは偶然ではない。不況期には顧客が価格に強く反応するから、従前より品質は劣るものの、圧倒的な低価格を武器としたベンチャー・ビジネスが台頭してくる。先行者が破壊者にコストで立ち向かうとしたら、猛烈なコスト・カットの闘いが必要になるうえ、最終的に勝利を収められる確率は低い。ハイエンド市場への退却戦を展開したところで、市場の破壊は止まらない。自ら破壊を仕掛ける側になるしかない。なあなあの家族主義経営は「イノベーションのジレンマ」という墓穴を掘る行為です。

もし「一人も解雇しない」という家族主義で生きていくつもりならば、指導者は戦略転換点において全体主義における独裁者のような指導力を発揮しなければならない

インテルがリストラせずに投資も続けるという前提で初稿を公開しましたが、ワールドワイドではかなりのリストラを決定している事実を確認したので、訂正しました。とはいえ、インテルが実際にどうしたかとは関係なく、仮定の話として読んでいただけるなら訂正の必要はありません。したがって、元の文章は残して「(削除:〜)」という表示にしておきます。私は事例より議論・理論の正しさを重視します。そうしなければ、まだ一つの事例もないことは考えられないからです。

Intel will spend $3 billion in Chandler

In January, Intel announced that it was slashing 6,000 positions worldwide and shutting down older plants in the United States and overseas. Intel hasn't provided a specific number for how many jobs it plans to cut in Arizona but said it could be as many as 500.

インテル、上海の半導体工場を閉鎖 2000人削減対象に

半導体需要の減速で業績が悪化している米インテルは5日、上海の半導体組み立て・検査工場を閉鎖すると発表した。上海工場の業務は12カ月以内に成都工場(四川省)に統合、成都工場の稼働率を高める。

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