中華人民共和国、法の支配、裁量行政、資本主義、財産権、自由

自由な社会には法の支配が必要です。法の支配の逆は裁量行政です。自由への脅威です。

法の支配(ほうのしはい、英:Rule of Law)とは、何人も法(Law, コモン・ロー)以外のものには支配されず、法に違背した制定法は無効である、また全ての統治権力は(正義の)法に拘束される、という英米系法学の基本的原理である。統治権力者による恣意的な支配(人の支配)を排斥し、全ての統治権力を法で拘束することによって、被治者の権利・自由と財産・名誉のほか慣習や道徳を保障することを目的とする。

中国PHSサービス終了へ ユーザー不在の当局決定で広がる波紋 インターネット-最新ニュース:IT-PLUS

 今回の決定では当局が市場無視と批判されているが、そもそも中国のPHS導入政策そのものが苦肉の策だった。なぜならPHS技術の導入が検討された当時から、政府はすでに携帯電話規格としては方向的に見劣りするとして導入に反対だった。

 しかし、勢いのある携帯事業を分離され(後にチャイナモバイル)、固定通信しか残っていなかったチャイナテレコムがPHSの導入を強く働きかけた。それまでガリバーであったチャイナテレコムの圧力により当時の信息産業部は仕方なく、「PHSは固定通信の延長と補助である」と定義し、政策のグレーゾーンを作り出したのだ。

法の支配が確立していないので、官僚の思惑や、利益団体のロビー活動で、すべてが決まります。そこには自由市場における競争が存在しない。「ユーザー不在」のまま政府は市場へ裁量的に介入する。そのような市場で外国人が商売をするならば、現地人よりも太い官僚へのパイプを持つ必要がある。公正な市場競争は存在しない。贈賄額の競争がある。

特に、中国が威信をかけるTD-SCDMAを盾にとったようなやり方に、「ユーザー視点を欠いた決定」と反発が強まっている。この問題は「市場か国策か」という論争に発展し、弁護士などの法律家も独占を助長する疑いがあるとして合法性を疑問視し、聴聞会の開催を要求しているほどだ。

中国で「市場か国策か」という論争が公然と起きるのは凄いことです。計画経済か市場経済か。共産主義の矜恃を否定する議論です。つまり中国共産党に弾圧されかねないタブーです。このような民主運動は命がけでしょう。ただ、命がけでも声を上げなければならない理由がある。昔と違って、彼らには財産権がある。しかも、かなりの財産を持つに至った。自分の財産や、その財産を生み出す事業に対して、彼らは所有権を主張する。財産権の不当な侵害は許せない。キャッシュフローを生み出す事業の禁止は、彼らにしてみれば、将来の財産権を侵害されたことになる。7,000万人のユーザーを抱えるということは、莫大な財産権がそこにあります。

財産権の存在が民主運動の動機になるのです。かつて中国共産党は財産権を認めたが、それが独裁を脅かす民主運動になるとは予見していなかったかもしれない。

「中国に社会正義を」 弁護士511人が抗議 集団で権力に対抗 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

 中国は今年、民主化運動を弾圧した天安門事件やチベット問題などの記念日がめじろ押しで、当局は「政治的に敏感な年」と位置づけ、世論・思想の引き締めを強化する方針を打ち出している。

 しかし昨年12月、民主運動家らが共産党一党支配体制の変更、言論の自由、司法の独立などを求めた「08憲章」を発表したほか、今年1月には学者や弁護士22人が「暴動事件などを意図的に隠蔽(いんぺい)している」として国営中央テレビの視聴拒否を宣言。さらに元安徽省人民政治協商会議常務委員が政治改革を求める「全国人民に告げる書」を発表するなど、体制改革を求める知識人らの党・政府批判の動きが相次いでいる。

 市民レベルでも家屋強制撤去などに対し政府を訴える動きも多く、報道ベースでは1990年から2007年までの行政訴訟件数は128万件に達している。

中国共産党はかつてのような弾圧・粛正を行うでしょうか。少なくとも公然と大規模に実施することはない。それをすれば、ジンバブエのように海外資本が逃避して経済混乱に陥り、民衆は体制への不満を爆発させ、革命のきっかけになるからです。中国共産党は自分の首を絞めるようなことはしない。

経済的自由は政治的自由を可能にする。ここでいう経済的自由とは社会主義者が言うような「経済的な心配からの自由」ではなく「経済活動の自由」です。このことは第二次大戦中にフリードリヒ・ハイエクが、1970年代にミルトン・フリードマンが著したことでもあります。

印刷工場が国営なら反政府ビラを印刷して配ることはできないが、民間企業は儲かるなら印刷に応じるかもしれない。もちろん当局の取り締まりは恐ろしいが、十分な金を払えばこっそり印刷してくれる工場は見つかる可能性がある。資源配分が完全に中央で掌握されている共産主義と違い、資本主義では政治活動に必要な資源の獲得が可能になる。これが「経済的自由は政治的自由を可能にする」の意味です。

中国では、資本主義経済が発展したことによって、徐々に政治的自由がもたらされつつある。党の意志に反して。この流れを止めることは出来ない。資本主義体制をとる限り、完璧な弾圧は無理です。その僅かな隙間で反体制運動は展開される。

中国共産党には民主活動を公然と弾圧できないジレンマがある。資本主義は中国にとって麻薬だった。手を出したが最後、もはやそれ無しでは生きていけなくなってしまった。このことは中国の民衆にとっては福音であり、共産党幹部にとっては悪夢でしょう。

かつて東側世界は経済の低迷により崩壊した。中華人民共和国は経済発展で崩壊する最初の共産主義国家になる。それは発展的解消といったものになるのでしょうか。いや、党幹部はチャウシェスクの最期を知っている。数々の人権犯罪で裁かれることを怖れている。最後まで体制の延命を図ろうとする。革命が自分の世代で起こらないことを祈りつつ、なんとか逃げ切ろうと思っている。

我々、自由の価値を信じる外国人にできることは何か。民主運動に関係した人々が、見えないところで中国共産党に弾圧されていないか監視することでしょう。体制はいずれ崩壊するとしても、その過程で新たな犠牲者が出るかもしれない。

民主運動家は公の場にいるほうが安全です。さらには、外国メディアのカメラの前にいるときは完全に安全です。そして、ここまで貿易や外資の導入が進んだ中国共産党が、いまさら外国メディアの排斥はできない。民主運動家はそれを逆手に取る。我々外国人は、それを見届ける。我々が見ているという事実が、中国共産党へのプレッシャーになる。

そして、自由の価値は商品と共に貿易される。貿易によって我々は中国の民主化に貢献している。我々は何も意識せずにコンビニで100円のボールペンを買う。それは中国の民主化を進めている。

このような観点が中国ビジネスには必要かと思います。どのような観点かを念のため補足します:(1)官僚の裁量行政による事後的なルール変更の不確実性 (2)やるなら贈賄競争で勝つくらい「郷に入れば郷に従え」 (3)そういった共産主義官僚支配は崩壊に向かっている

なお、私は親中でも反中でもありません。愛国者でもなければ売国奴でもない。ただ自由の価値を重んじる一人の人間です。何はともあれ暴力は良くない。暴力による弾圧は悲しい。反体制活動には暴力が必要かもしれない。暴力革命が起こるかもしれない。しかし、できれば暴力なしに体制の移行が進むことを願います

資本主義という奇蹟 - 池田信夫 blog

特に重要なのは、人類の所得が産業革命以後、わずか200年で1万倍以上になったのはなぜか、という謎だ。ちょうどその講義ノートを書いていたので流用すると、これには古来、多くの答があるが、私はこの資本主義という奇蹟は、17〜8世紀のイギリスに一度だけ起こり、他の経済的に成功した国は、それを輸入したのだと思う。その要因として有名なのは

1. 資本蓄積(Marx)
2. 近代的個人の成立(Weber)
3. 財産権の確立(North-Thomas)
4. 法の支配(Hayek)
5. 科学と技術の融合(Mokyr)


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