儲かれば何でも良い

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「成功に色は付いていない」と書きました。これに似た言葉に「儲かれば何でも良い」があります。(前回の続きです)

この言葉には、ネガティブな響きがあるでしょう。多くの人が、眉を潜めるかもしれない。拝金主義だと。「儲かれば何の商売でも良いのか?」と。

しかし、「儲かれば何でも良い」という考え方は、合理的です。経済における善だといってもいい。市場での取引は、常に売り手と買い手の双方に利益をもたらす。自社が儲かっているとき、お客様も儲かっているわけです。これが善でなければ、いったい何が善なのか。

成功に色をつけるのは、人間の非合理性です。「儲かれば何でも良い」これは経済の真実です。売上とは、社会貢献度の指標です。

アントレプレナーから思い入れを取ったら、何も残らない。しかし、お客様にとっては、あなたが事業にかける思い入れなど、どうでも良い。お客様の関心は、あなたの商品と、それが自分にもたらす価値と、必要なコストにある。あなたの事業が何であるかを決めるのは、お客様であって、あなたではない。

あなたが儲かっているとき、かならず、あなたは社会の役に立っている。その有益な事業を、あなたの思い入れによって潰すのか、謙虚に事実を受け入れて事業を再定義するのか。それは、あなた次第です。

自分のやりたいことをやる、というのも、自由です。ただ、「予期せぬ成功」を拒否するなら、自覚したほうがいい。ときに、無自覚なアントレプレナーもいますので。

私は「儲かれば何でも良い」と考えます。単なる拝金主義ではなく、経済社会に対する理解の裏付けによって。自分の思い入れ、こだわりを捨てて、社会の役に立つことを「無私」と呼ぶならば、拝金主義こそ無私なのです。

※常識・良識に反するため、「極端だ」とか「間違いだ」とか言われるかもしれません。「儲かれば何でも良い」と「無私」の響きがあまりにも違うから、情緒的に受け入れがたいかもしれません。私は、情緒ではなく理性を突き詰めて、物事を考えたい。ときに人の感情を逆撫ですることであっても、正しいことは正しいと言わざるを得ない。

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コメント(1)

信念をお持ちであることは素晴らしいことです。
その信念は決して朽ちないものであって欲しい。

私は思います。
貨幣価値を尺度に成功を語るのは何故なのかと。

私は願います。
価値の代替品である貨幣の存在しない世界でも成功することを。

私の商品は貨幣とは交換しません。
あなたのとても大切なものとなら交換しても良いです。

そうやって私は社会と対峙するのです。

情緒的でしたね。

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このページは、ishibashiが2009年3月 7日 16:22に書いたブログ記事です。

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