不況は起業に有利か?/哲学的起業家の可能性

破壊的イノベーションは、成熟市場で次の成長カーブ(S字カーブ)を産み出す傾向は、あるかもしれない。ただ、それは好不況と、あまり関係ない。

※お断り:もちろん、新規事業は破壊的イノベーションだけではない。私は破壊的イノベーションの概念(クリステンセン教授の理論)やブルー・オーシャン戦略のようなタイプの起業・新規事業を想定して執筆しているので、そこから漏れる議論はあるでしょう。

好況に強い市場、弱い市場、というのはある。

不況時には、所得効果で廉価品へ需要が移る。破壊的イノベーション(従来品よりチープ)に有利。

不況は、創業自体には不利な面と、有利な面の両方がある。そもそも新しい仕事を獲得するのが難しいが、(上述の所得効果で)顧客の既存消費をより安く置き換 えるようなものは好況期より売れやすい。資金繰りは難しくなる反面、政府の助成などで公的金融機関の融資や保証枠は獲得しやすくなる。

その起業家自身が脂に乗ってくる時期とか、その事業アイデアにとって最適なタイミング、というのはある。

結局、「起業するタイミングとして、好況と不況のどちらが有利か?」という問い自体、あまり意味はないと思う。

起業しようとしている人に対して、(たまたま今が不況だから、事実とは異なるものの、背中を押す意味で)「言ってあげる」くらいの意味はあるだろうけれど。

そもそも新規事業とは不確実なものであって、その「成功確率」を過去のデータから類推する、という考え方自体が、ナンセンス。

起業は極めて個別的なものであって、母集団や標本という概念にそぐわない。

同じことを何度も繰り返すとか、みんなが同時に取り組むなら、確率論に意味がある。しかし、独創的な新規事業は「繰り返し」ではないから、「集計」して「平均値」を出すことは出来ない。

こんな統計学の大前提をおさえずに確率を論じてはいけない。数字はナイフと同じ。便利だが危険でもある。

でも、だからといって、数字や論理を否定するのは、おすすめしない。精神論、妄想、迷信、ジンクスに逃げるのは、おすすめしない。

起業家は迷信や験担ぎ(jinx)が好き。自分の頭で考えられる限界を超えた領域だから、神秘主義に逃げたくなる気持ちは分かる。しかし、それが命取りになる。

これを見て笑ってる人も迷信に囚われていたりする。

「起業の成功確率」なんてのも一種の迷信、ジンクス。

自覚のないのが怖い。

妄想に打ち克つには論理。徹底した。

もちろん私だって妄想や迷信を持っている。だから、それを自覚し、一つずつ捨てる作業を続けている。その作業には知識が欠かせない。とくに哲学を学ぶ意義はある。

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起業家にとって精神論に逃げるほど楽なことはない。そうするのも自由。精神的安定として占い師を使うのは有意義なこと。

ただ、精神論を拒否する生き方もお勧めしたい。なるべく大部分を反証可能な論理で構成したい。仮説検証による前進が可能になるから。一日生きることは、一歩進むことでありたいから。(なお、「一日生きることは一歩進むことでありたい」と言ったのは、科学者・湯川秀樹)

そのうえで、どんなに論理を尽くしても、不確実性には勝てないことを受け入れる必要性。誰にとっても新規事業の成功確率は100%ではありえない。失敗を受け入れる達観。

最近、適切な訓練を受けた哲学者には起業家が務まる、という気がしてきている。事業は社会科学の実践。科学の母は哲学。つまり哲学から事業までが(知の領域で)地続きなイメージ。

哲学畑の起業家は、決して妄想に囚われないだろう。とくに、迷信に囚われないだけでなく、科学万能という妄想にも囚われないはずだ。

新規事業の企画においては、あまりにも多くの物事が分からないものだから、数字にすがる企画者がいる。そのなんと多いことか。「自分は科学的に仕事を進めている」という妄想も、迷信と同じくらい有害だ。科学的な仕事の進め方はあるけれど、それは数字をもてあそぶことではない。

また、哲学者には、「わからないことを、わからないままに、疑問のまま延々と抱き続ける知的な体力」があるだろう。多くの人は、すぐに「わかる」領域に逃げ、問うことを止める。それでは、他人が考えたことのない未踏の領域まで掘り下げて考えたことにはならない。そして、起業家とは、そういうことを延々と考える職業だ。哲学者は、「わからない、わかりえない問いについて、一生かけてでも考え続ける」ための訓練を受けているはずで、これが起業で役に立たないはずがない。

デザイン思考の仕事術のための基本姿勢・七箇条
第一条 「わかる」ことは重要じゃない。「わからない」ことにこだわる。
知識はわかるために必要なのではなく、わからないことを発見するために必要なものです。
棚橋弘季著『デザイン思考の仕事術』

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この点において、哲学的起業家に期待したい。

MBAがもてはやされた。次にMFA(美術修士)の時代が来るだろう。その先には経営学修士の時代が来て欲しいと思っている。さらには哲学修士が実業界で活躍する時代を待ち望む。

MBA、MFAの次は「経済学修士」の時代だという記事では、経済学界が経済学を実学にするための努力が必要だと述べた。それは経済学修士・博士の就職を有利にするだろう。

同様に、「哲学を実学に」できる可能性が、起業・新規事業という領域には、ある。こう言っては何だが、哲学の院生は慢性的に就職難だろうし、マクロに見ても面白いと思う。大学の先生や就職課の方々には「起業」という選択肢が見えていないかもしれないが、おそらく哲学で大学院に進んだような人は、どうせ普通に生きられない。良い意味で言っている。

哲学の修士・博士なんて、「誰の真似でもなく、自分自身の生き方を自分で考え、選んでいく」ということを、真剣に考えている人なのだろうから、これ以上に起業家向きの人生観は無いと思うのだ。

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