ソーシャル・フィルター〜情報収集と情報発信の融合

情報の収集と発信の区別が曖昧になることで、「自分好みの情報を集めること」が、結果として「自分好みの情報が入ってきやすくなること」につながります。このポジティブ・フィードバック構造は、良くも悪くも情報収集のタコツボ化につながります。

私の情報収集はTwitterTumblrが中心です。あまり時間をかけなくても、有益な情報が集まってきます。情報収集にあまり時間をかけず、なるべく骨太な本を読むことに、時間を使っています。ちなみに、Twitterは息抜きにも適していますので、情報収集と息抜きが同時にできて素晴らしいですね。

ちなみに、テレビは視ません。新聞は取っていません。雑誌は日経ビジネスを毎週10分ほど読む程度です。RSSリーダーでは130のフィードを購読していますが、ほとんどの記事を見出しも読まずに削除しています。

では、TwitterとTumblrが情報収集ツールとしてどのように機能しているか、という話です。

Twitterでは五百人もフォローしており、タイムラインを追っているわけではありません(すべてのつぶやきを読んでいるわけではありません、という意味)。自分から情報発信することで、リプライ(@)を頂く。それが情報収集になっています。発信することで情報が集まってくる。

まさに「ソーシャル・フィルター」です:

POLAR BEAR BLOG: クリス・アンダーソン曰く「メディアは仕事というより趣味になるだろう」

アンダーソン:
主流メディアの記事は数多く読みますが、自分から読みに行くことはしません。最近はごく当たり前のことですが、記事の方からやってくるのです。より多くの人々が、主流メディアというプロの目によるフィルターではなく、ソーシャル・フィルターを通してニュースを選ぶようになってきています。テレビや新聞への注意は減りつつあるのです。重要な出来事は耳に入ってきますが、悪いニュースが繰り返し打ち寄せるような形ではありません。大切なニュースが入ってくるのです。私の手元にニュースが届くとき、それは私が信頼する人々によって精査されたものです。くだ らないニュースは、私の元には来ないのです。

ソーシャル・フィルターが機能するようになると、(自ら有益な情報源を探して購読・ウォッチするという)主体的な情報収集を減らしたくなります:

より多くの人々が、ソーシャル・フィルターを通してニュースを選ぶようになってきている - RIDE RIDE RIDE

最近、RSSリーダーに登録しているRSSの数をどんどん減らしていっていますが、それでも困らない自分がいることに気づきます。それはきっとTwitterが「ソーシャル・フォルター」として機能しているからなんだろうなぁと思います。

何故、ソーシャル・フィルターが機能すると、それ以外の情報収集ツールへの依存度が低下するのか? それは、自分で探さなくても、自分にとって興味のありそうな情報を「みんな」が教えてくれるからです:

isologue - by 磯崎哲也事務所: twitterのフォロアー3000人突破

また、twitterをやり始めてからは、自分が最も興味のある話を誰かが教えてくれるようになっちゃったので、大変残念なことに、新聞やテレビを見ても、twitterで聞いてすでに知ってる情報しかなくなってしまいました。
オフコース風に言うと「♪君が、小さく見える」と、悲しい別れが迫ってるのを感じます。

後述しますが、わざわざ親切に「教えてあげよう」とする人は少数派です。単に自分が調べた情報を共有・公開しているだけ。それでも、私の役に立つ。私もまた同じように、自分の得た情報を共有・公開する。このように、お互いに「誰か」を意識しなくても、お互いの役に立つ。いわば公共的な互恵的活動です。

いうなれば、情報は天下の回りもの。

ただし、自分から情報発信しなければ、自分にふさわしい情報は集まってこない。なぜでしょうか? その理由を説明します。少々、長くなります。

自分が情報発信すれば、自分の興味・関心の表明になります。自分が発信する情報は、自分が集めている情報の分野、興味・関心のシグナルです。

それを見て、同じ興味・関心の人が、私に(というよりは私が発信する情報に)関心を持ち、私を「フォロー」してくれます(TwitterでもTumblrでも同様)。

フォローする側(フォロアー)からすれば、「興味・関心の軸の束」としての石橋というチャンネルにチューニングしたようなものです。石橋が自分に関心のある情報だけを流すわけですから、石橋の関心によって情報が振り分けられて(フィルターされて)いるチャンネルだといえます。

フォロー対象の関心がフォロアー自身の関心に近ければ、フォロアーの情報収集の手間を削減します

そして、石橋をフォローする人は、ほかにも多くの人をフォローしているでしょう。その情報を発信するとき、石橋はその情報へ関心を示す確率が高い。なぜなら、フォロアー(フォローしてくれた人)は、石橋と似たような関心を持ってフォローしてくれたわけです。石橋から見たフォロアーも、「自分と似たような関心を持っている人」である確率が高い。

関心の一致は相互的です。つまり、私の関心が誰かの関心に一致するとき、誰かの関心が私の関心に一致したということでもある。私が情報を発信すれば、私の情報に関心を持った人(関心の一致する人)が集まってくる。それを私の側から見れば、「私の感心の対象になりうる情報を持っている人々」が集まってきたことになる。

これが「情報は発信する人に集まってくる」という現象の原理ではないかと考えています。

また、この点で、「フォロアー」が可視化されるTwitterやTumblrがソーシャル・フィルターを構成しやすいのに対し、従来型のブログでは誰が購読しているのか分かりにくい(RSS購読者リストは作れない)と対比できます。

Twitterも、Tumblrも、誰もが発信者であり受信者である(そのうえ、そのフォロー関係のグラフ(リンク)構造が可視化されている)ような、相対的なアーキテクチャだからこそ、ソーシャル・フィルターを形成しやすい

もちろん、関心の一致が相対的だといっても、フォロアーが石橋の関心に一致する度合いと、石橋がフォロアーの関心に一致する度合いは異なります。一方が30%で、一方が70%かもしれません。そういうこともあります。べつに全部が高い一致度である必要はない。関心の一致度が自分から見て高い人だけを選んでフォローすればいいのです。

このようにして、ソーシャル・フィルターが構築されます。これはポジティブ・フィードバック・システム(自己強化的なシステム)のようです。情報発信行為が、自分にふさわしい情報チャネルを引き寄せ、そのチャネルから得た情報を発信することで、さらなるチャネルを引き寄せることにつながる。使いこなすほどに、フィルターの濾過性能が高まる。言い換えれば、届く情報の純度が高まる。自分にとって面白い情報がどんどん集まってくる。

これがソーシャル・ウェブならではの情報発信・収集のありかた、「ソーシャル・フィルター」です:

  • 自ら情報発信することで、自分にあったチャンネル(=フォロアー)を引き寄せることができる。
  • 誰をフォローするかは自分で選ぶ。ソーシャル・フィルターを自分でチューンする。

ちょっとしたコツとして、情報の伝搬経路に注目してみましょう。ソーシャル・フィルターを構築する観点では、情報の「経路」になった人も、自分にあった「フィルター」である可能性が高いのです:

  • Twitterで気になる引用を見つけたら、その発言者をチェックする。RT(retweet)として複数人をバケツリレーして届いた引用なら、その途中の人びともチェックする。
  • Tumblrで気になるリブログエントリを見つけたら、それを最初に投稿した人をチェックする。また、リブログした人びともチェックする。

なお、上述のように、TwitterでもTumblrでも、「興味深い情報を発信する人」を見つけることで、自分のソーシャル・フィルターの性能が上がっていきます。これも相対的に考えてみれば、自分が有益な一次情報を発信することで、より多くのフィルターを引き寄せることになります。自分が「興味深い情報を発信する人」と認知されるために、どんな工夫が出来るか?

そこで、私は一般的な情報収集には時間を割かずに、本を読んでいます。なるべく骨太で、考えが深まりそうなやつを。そこから得られた知見や論考を、Twitterにつぶやいています。それが例え拙い考えであろうと、ユニークな一次情報であれば、関心を示してくれる人に出会える可能性は高まります。

逆に、みんなが見ている情報源というのは、ユニークネスの対極です。ポピュラーなメディアの情報を、私が発信しなくても、みんな知っている。みんな知っている情報を発信することは、自分の(フィルター、チャンネル、メディアとしての)価値を高めることに通じません。

だから私はユニークを志向し、ポピュラーな情報源を避けます。これがソーシャル・ウェブ時代の情報収集・発信に有効な姿勢だと考えています。自分が人にとって役立つ「フィルター」になることが、自分にとって有益な「フィルター」の発見に通じる。互恵的、市場的、分業的で、きわめてウェブ的だと思います。

本記事の副題である「情報収集・発信の相対化」とは、「誰もがお互いにとっての発信者であり、お互いにとっての受信者である(情報収集・発信「主体」の相対化)」という意味と、「情報の収集が同時に発信であり、発信が同時に収集である(情報収集・発信「行為」の相対化)」という意味の、ダブル・ミーニングです。

ソーシャル・ウェブ時代においては、ソーシャル・フィルターを構築する個人のTwitterやTumblrは、情報収集ツールであると同時にソーシャル・メディアでもあります。情報収集が同時に発信でもあり、それを見る人(収集者)がまた同時に発信者でもある。そしてお互いに受発信する関係になる場合もある。情報の生産消費者(Prosumer)といってもいい。メディアのポストモダン化といっても言い過ぎではないでしょう。もはや情報の発信者と受信者は相対化されようとしている。

以上がソーシャル・フィルターに関する論考です。

※より実践的な情報:TwitterとTumblrによるソーシャル・フィルターの作り方

追記:
ソーシャル・フィルターを「ポジティブ・フィードバック・システム(自己強化的なシステム)」と呼びました。これは、どんどん類友(類は友を呼ぶ)化して、自分に入ってくる情報は、ぜんぶ自分好みの情報になる、タコツボ化を強烈に推進することでもあります。その危険性を指摘した書籍があります。

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このような危険を自覚した上で、積極的に類友化をしていけばいいと思うわけです。自分と異なる意見やマイノリティへの配慮は、ソーシャル・フィルターとは別のところで確保すればいい。ソーシャル・フィルターの「中で」バランスを取ろうとしたら、その良さを損ねます。私は徹底したタコツボ化を選びます。

サイバーカスケード - Wikipedia

インターネットには、同じ考えや感想を持つ者同士を結びつけることをきわめて簡易にする特徴がある。つまり人々は、インターネット上の記事や掲示板等を通じて、特定のニュースや論点に関する考えや、特定の人物・作品等に関する反発や賛美等の感想を同じくする者を発見することができるようになる。加えて、インターネットは不特定多数の人々が同時的にコミュニケートすることを可能にする媒体でもあるので、きわめて短期間かつ大規模に、同様の意見・感想を持つ者同士が結びつけられることになる。その一方で、同種の人々ばかり集結する場所においては、異質な者を排除する傾向を持ちやすく、それぞれの場所は排他的な傾向を持つようになる。

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