価値は製品に属さない

製品の価値は製品と利用者の関係のなかに立ち現れるものであり、また利用者もそのときの状況や気分によって同一ではないという原理についての小論です。

製品の開発者や提供者は、製品を中心に据えて考えがちです。しかし、製品は消費者や利用者に出会ってはじめて意味を持ちます。製品と、一人ひとりの〈私〉たちとの関係のなかに、価値が見出されます。価値は〈私〉の認識であり、〈私〉による製品への意味付けです。

この小論の位置付け

この小論は、今後の議論のための準備(基礎付け)です。今後の議論とは、情報通信技術(とくにウェブ)におけるイノベーティブな製品の企画・設計・開発に関する議論です。その目論みは、デザイン論(デザイン思考)とハイテク・マーケティング論の包括的な方法論を模索することです。

※この小論への影響:哲学(存在論と認識論)、アフォーダンス、効用価値説、破壊的イノベーション、キャズム、デザイン思考、人間中心設計(HCD)

〈私〉が製品を受け入れる状況

「どんな状況にある人のための製品ですか?」

顧客は統計的な「数」でも「群れ」でもありません。一人ひとり唯一の〈私〉がいます。その〈私〉たちが製品に求め、また与える意味は、多様です。ひとつの製品が、あらゆる状況におけるすべての〈私〉にとって良い意味を持つことなどありえません。したがって、「どんな状況にある人のための製品ですか?」という質問に明瞭な回答を与える商品のほうが受け入れられやすい。

この質問は〈私〉の立場からは「〈私〉のための製品ですか?」という質問になります。〈私〉は状況依存的な存在です。冬に屋外で凍えている〈私〉(カイロに価値を見出す〈私〉)と、夏に入浴後の〈私〉(アイスクリームに価値を見出す〈私〉)は、同じ〈私〉ではありません。

〈私〉と製品の関係は、状況に依存する

現代のマーケティングでは「消費者の属性に基づく区分(セグメンテーション)」が主流です。デモグラフィック属性、サイコグラフィック属性などで消費者を区分します。「誰のための製品ですか?」「この製品を買うのは誰ですか?」という問題について考えているわけです。

前述の「どんな状況にある人のための製品ですか?」という質問は、「誰のための製品ですか?」という質問よりも、耳慣れないかもしれません。〈私〉の属性ではなく、〈私〉の置かれた状況に焦点を当てているからです。

なぜ属性ではなく状況に焦点を当てるのか。それは、製品と〈私〉の関係(relation)が、状況に応じて変化するからです。変化し続ける関係(relations)のなかで、ある関係(a relation)を特定するためには、〈私〉の置かれた状況を設定する必要があります。

状況に焦点を当てるとき、〈私〉の属性とは、〈私〉の置かれた状況を記述するための要素に過ぎません。状況の記述には環境の要素も欠かせません(季節、時刻、場所など)。属性だけで〈私〉を記述しようとしても、あまり詳細に記述できません。

「状況」で分かりにくければ「気分」と言い換えてもいいかもしれません。

〈私〉が製品に与える意味は、状況に依存する

「その製品は〈私〉にとって、どんな意味を持つのですか?」

〈私〉たちは製品に意味付けを行います。その製品は自分にとって何なのか。その意味付けができないような製品を〈私〉たちはあまり購入しません。

旅先で買った小物に「なんでこんな物を欲しいと思ったのだろう」と後悔したことがあるかもしれませんが、少なくとも購入した瞬間には、その製品によって豊かになる生活を想像したのでしょう。その製品に、〈私〉にとっての意味を、〈私〉自身で与えた瞬間です。

旅先で見出した意味は、あくまで旅行中という状況下で見出された意味であるに過ぎません。日常生活の状況下で、同様の意味を見出せなくなったとき、〈私〉は「なんでこんな物を欲しいと思ったのだろう」と自問します。

製品に〈私〉が与える意味付けは、状況に応じて変化します。製品と〈私〉の関係が、〈私〉の置かれた状況に応じて変化するように。

〈私〉にとっての製品の価値は、状況に依存する

経済的価値は「〈私〉が製品に与える意味」の一種です。〈私〉が置かれた状況において、その製品と〈私〉の関係のなかで、〈私〉はその製品に対して「〈私〉にとっての意味」を与えます。その意味が「〈私〉にとっての快不快や善悪」だったとき、意味を価値と言い換えることができます。価値は善し悪しの評価です。

しばしば人々は「価値」を実体のように、つまり物として存在するかのように語ります。まるで製品の属性として「価値そのもの」「価値それ自体」があるかのように〔経済学の労働価値説〕。しかし、価値は主観的であり、製品と〈私〉との関係においてはじめて立ち現れます〔経済学の効用価値説〕。〈私〉が置かれた状況によって、その製品と〈私〉の関係は変わり、その製品が持つ〈私〉にとっての価値は変わります。

価値が〈私〉と製品の関係のなかに立ち現れるという前提からは、製品だけを取り上げて価値を論じることはできません。〈私〉がどんな状況にあるかを問わずに、価値を論じることはできません。

おわりに

今後の議論のための準備として、この小論では以下の事柄を扱いました:「〈私〉が製品を受け入れる状況」「〈私〉と製品の関係」「〈私〉が製品に与える意味」「〈私〉にとっての製品の価値」

この基礎の上に、今後の議論を展開していきたいと思います。情報通信技術(とくにウェブ)におけるイノベーティブな製品の企画・設計・開発に関する議論です。

例えば:〈私〉から「キャズム」と「ホール・プロダクト」を考えてみる。〈私〉と「オーバーシュート(※破壊的イノベーションが起こる条件)」について考えてみる。

「〈私〉と製品の関係」というデザイン思考的な論法によって、イノベーション志向のハイテク・マーケティング論のなかにデザイン論を位置づけることができないだろうか、という試案です。

関連記事

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://zerobase.jp/mt/mt-tb.cgi/732