ペニオク業界も淘汰へ 自浄努力に期待

ペニオク業者への風当たりが強まると共に、撤退も目立ってきた。違法性の高い業者への指導・取締は当然だが、もし健全な業者がいるなら、自浄化努力を見守りたい。「ペニオクそのものを根絶すべし」は暴論。

ペニオクについて「規制が必要だ」という議論には同意しますが、「無くしてしまえ」という議論は危険だと考えて一筆とりました。ベンチャー(スタートアップ)企業やイノベーションにとって必要な「自由」を守りたいので。市場の自由度は、つねに立法・行政を通じた規制圧力にさらされています。とくに、このような「問題」が起こったときには。

まず日本におけるペニオクの歴史を振り返ってみます。私がペニオクについての記事(オークションサイトSwoopo.comは画期的ビジネス?あるいは詐欺?)を書いた時点(2008年12月17日)では、国内に同様のビジネスはありませんでした。それどころか、このようなサイトの話題そのものが、ほとんどありませんでした。ところが、業界の動きは早いものです。たった2年の間にペニオクは日本に上陸し、もはや撤退が始まっています。つまり、生まれてたった2年の「未成熟な業界」と言えそうです:[NS] 次々と閉鎖するペニーオークションサイト

さて、本題に入ります。私の考えでは、ペニオクの「入札自体に課金する」という仕組み(アイデア)そのものを「政治的に絶滅させる」のは避けた方がよい。政治的・行政的介入は避けて、業界の自主的・自浄的なルール整備に任せた方がよいと考えます。言うまでもなく違法性の高い業者への指導・取締は当然ですし、そのために法規制も必要ですが、ここでは合法的かつ健全に運営されているペニオク業者について考えます。健全な業者を根絶することは、望ましくありません。 ※註:つまり、私は「ペニオク業者はすべてクロ」という断定はしていません。そのように推察できるかもしれませんが、そう断定できるだけの材料はありませんので。

昨今問題視されているのは、おそらく次の二点です。(1)詐欺的運営への疑惑と、(2)ギャンブル性。

(1)詐欺的運営という問題

まずは詐欺的な運営がなされているのではないか、という疑惑について考えます。「胴元が入札するという詐欺(サクラ、ボット)が可能であり、また検証不可能であること」ではないでしょうか(参考)。この問題の解決策が見つかれば、「ペニオクの仕組み自体が原理的に疑惑含みである」という状態を解消できますので、重要な課題だと思います(※註:解決策の案を記載していましたが、誤りに気付いたので削除しました)。また、運営企業がそもそもそういう疑いを抱かれにくい企業(例えば誰もが知るような大企業)であれば、そもそもここはあまり問題点にならないのでは、と思います。

※註:予想される反論として、著名なGEOがペニオクから撤退したことを挙げる方がいるかもしれません。つまり、このことは、「ペニオク自体のイメージダウン」が関係しており、「ペニオク」のイメージダウンに巻き添えを食らわないための「予防的撤退」だと。たしかにそうかもしれません。しかし、次のような思考実験をしてみましょう。「ほとぼり」がさめた頃にヤフーが参入したら、「ペニオク」のイメージは改善するのではないでしょうか。確実にそうなるとは言えませんが、それなりにありえそう(蓋然的)だと同意頂けるのではないでしょうか。したがって、前段落の論理は十分に有効だと考えます。

そもそも、

  • クレーンキャッチャーのプライズ(ぬいぐるみ等)が、実はほとんど取れないように細工してあるのではないか。
  • パチンコの台は、店の都合の良い設定になっているのではないか。
  • テキ屋の景品くじには、じつは大当たりが最初から入っていないのではないか。

といった疑義を持つことは可能で、その疑いを原理的に払拭できないのにも関わらず、これらは大して社会問題化しているように見えません。それはそのはずで、自分自身が関わりたくなければ、関わらなければ済む話です。そして、社会問題として声を荒げるほどの問題でもない、と多くの人は考えるでしょう。

※註:パチンコは大きな問題だという人がいるかもしれませんが、ここでの論点は「詐欺的運営」であって、具体的には「パチンコの台が、店にとって都合の良い設定になっているかどうか」です。ギャンブル性などの話はしていません。

ペニオクについても、「じつは運営企業が入札・落札しているのではないか」という疑惑を持たれるのは当然です。しかし、それはクレーンキャッチャー、パチンコ、テキ屋と同じでしょう。同じような「問題」はあるのにも関わらず、一方は「社会問題」であり、もう一方は問われない。何がこの二つを分けているのでしょうか? その問題については最後に述べましょう。

(2)ギャンブル性という問題

次に「ギャンブル性」について考えます。「入札自体に課金する」というアイデア自体を禁止するのは「やり過ぎ」ではないか、と私は考えます。これは「現行法において合法かどうか」という観点ではありません。現行法の外の観点、つまり「どこまで法規制されるべきか」という観点です。

「入札自体に課金する」という仕組みを禁止したい理由は、そのギャンブル性でしょう。ならば他のギャンブルと同じように考えてはどうでしょうか。もしペニオクが健全に運営されるならば、ペニオクは公営ギャンブル(競馬)・私営ギャンブル(パチンコ)と同様に、法規制のもとで許可すればよい。

なお、ペニオクには「ギャンブル性がある」とはいえますが、「ギャンブルである」とは言えません。ペニオクはギャンブルではないのですから、規制もそれなりでよいはずです。「ギャンブル性」という点では、ゲームセンターのコインゲームのほうが、むしろギャンブルとしての純度(ギャンブル性)が高いのではないでしょうか。これらの比較対象も考慮に入れた上で、ペニオクに対する妥当な規制を検討しなければならないでしょう。

もちろん、業界の自浄的な健全化努力が前提です。健全な仕組みが実現され、うまく機能するのであれば、ペニオクという仕組み(アイデア)自体を政治的・行政的に根絶する必要はない。禁止は「やり過ぎ(過剰規制)」といえるでしょう。

メディアによるフレームアップ

(1)詐欺的運営の問題では、クレーンキャッチャー、パチンコ、テキ屋との比較で、なぜ一方は社会問題になり、もう一方はならないのか、という問題を指摘しました。また、(2)ギャンブル性でも、ほかのギャンブルないしギャンブル性の高い遊戯との比較において合理的な規制がなされるべきだと論じました。

ペニオクは、冷静に考えれば、メディアを通して受けがちな印象ほど「社会にとっての害悪」でもなければ「特殊な詐欺的ビジネスモデル」でもないはずなのですが、そういう冷静な受け止め方がなされにくい状況にあると思います。

私には、ペニオクが不公平にスケープゴート的な扱いを受けているように見えます。ペニオクの「問題」が、メディアによってフレームアップ(演出・捏造)されており、ペニオクを使ったことの無い人まで批判に同調しているように見えます。考えてもみてください。ペニオクの運営における疑義とは、クレーンキャッチャー、パチンコ、テキ屋にも同様に考えられることなのです。ならば同様に「自分には関係ない」と済ましてもよいのではないでしょうか。 ※註:実際にペニオクを利用して「被害」にあったという人は別ですが。

市場の自由とイノベーション

ここまでの議論から誤解されるかもしれませんが、じつは私も多くのペニオク業者が悪徳業者だろうと考えています。それでもなお、健全な業者がいるかもしれない以上、十羽一絡げにペニオクを規制する(ましてやペニオクを禁止する)のは誤りだと考えます。また、いまペニオクの問題を徹底的に法で封じ込めようとして様々な規制を作れば、いずれ「ペニオクに似て非なる、新たなイノベーション」が出てくる可能性を、消してしまうことになります。

ペニオクにまつわる問題を解決する手段として、なるべく立法・行政に頼らず、市場の中で解決したほうがよいと考えます。つまり、法規制も必要かもしれませんが、なるべく業界の自主的な取り組みによる秩序形成のほうが好ましいと考えます。未来のベンチャー(スタートアップ)企業やイノベーションが花開くためには、自由度の高い市場が必要なのです。

この議論は常識に挑戦するものになるでしょうから、様々な反論があるかもしれません。感情的ではなく、理性的で有意義な議論ができればと思います。

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