Wikipediaで削除依頼された記事の審議過程を可視化したNotabilia

Wikipediaの「削除された記事(AfD: Article for Deletion)」に関するデータ視覚化プロジェクト "Notabilia" を紹介する。視覚化を通じて見出されたパターンが興味深い。その他、研究成果の興味深い発見を紹介する。また、触発されたアイデアも述べる。

Notabilia

Notabiliaは、Wikipediaの記事が削除に至るまでの審議過程を視覚化 (visualize) している。 Taraborelli & Ciampagliaの研究 (論文PDF) をもとに、「情報視覚家」 (information visualizer) の Moritz Stefaner が制作した。 Stefaner は、認知科学の学士号と、インタフェース・デザインの修士号を持っている。

Wikipedia の記事は、次の過程で削除される。「削除依頼」が出された記事は「特筆性 (notability) 」ガイドライン(言及に値するか)によって判定される。議論に参加するユーザー(※註:資格が必要)は、「存続 (Keep) 」「統合 (Merge) 」「リダイレクト (Redirect) 」「削除 (Delete) 」の立場を表明しながら投票・コメントする。投票・コメントは「開票」されるわけではなく、一つずつ追加・公開されるので、他人の投票・コメントを読んでから、自分の投票・コメントを追加することができる。管理者は、審議がまとまったと判断したら、終了を宣言する。原則として、削除依頼から終了判定まで最低1週間かける。単純な多数決原則で拙速に結論を出すことを避け、熟議による合意形成を重視している。この過程が以下のように可視化される:

  • 審議過程は中央下部にある「根」から始まる一本の曲線で表現される。
  • 曲線は以下のルールで描画される。
  • 「存続」「統合」「リダイレクト」が提案されるたびに、緑色の線分が左向きに追加される。
  • 「削除」が提案されるたびに、赤色の線分が右向きに追加される。

削除された記事 (AfD: Article for Deletion) の審議プロセスを視覚化した図

見出されたパターン

Notabilia-pattern.png

賛否両論 (Controversial)
対立する意見が互いにバランスを取るように繰り出されるため、議論は平行線を辿り、なかなか合意にたどり着かない。従って真っ直ぐな線になる。
notabilia_newcoldwar_768.png
揺り戻し (Swinging)
しばらく「削除」派が優勢だが、その後またしばらく「存続」派が優勢になる(逆もまたしかり)といった具合に、同じ意見を持つ集団が同時に議論に参加している場合には、S字に蛇行する。
notabilia_churchofreality_768.png
全会一致 (Unanimous)
全会一致の議論は螺旋らせんを描く。
notabilia_spaghetti_768.png

※「根」のところに "THE KEPT" と書いてある図は、最終的に削除以外(存続、統合、リダイレクトのいずれか)の結論が出た審議を視覚化している。

興味深い発見

「削除」は全会一致で決定される傾向にあるのに対し、「存続」の決定は「削除」に傾いた審議過程からもなされている。十分な合意が形成されなかった場合や、「削除」を訴えるユーザー達が支持を得られなかった場合に、「削除」の投票が多い審議過程から「存続」の決定がなされる。 Wikipedia の管理者は「削除」の決定に慎重だと言える。

ほとんどの審議は1週間以内に終了している。標準的な審議のペースは1日1人だ。

Notabilia のもとになった論文 (Beyond Notability. Collective Deliberation on Content Inclusion in Wikipedia.) によれば、2つのバイアスを確認したという。第一に、先行する投票に引きずられる傾向 (herding behavior) が確認された。第二に、党派的な投票行動 (voter heterogeneity) が確認された。そもそも「特筆性 (notability) 」基準そのものについての議論が尽きておらず、対立する "Inclusionist" (掲載主義者)と "Deletionist" (削除主義者)という党派があることは以前から知られていたが、実際の投票行動としてもそのバイアスが確認できたという。

一人ずつ投票とコメントをしていき、前の投票・コメントを読んだうえで自分も投票・コメントする。これは熟議 (deliberation) のための設計だが、前述のように2つのバイアス―つまりは制度上の欠陥―が確認された。

ここまでが Notabilia の解説だ。ここからは Notabilia に刺激を受けた私の様々な考えを述べる。

協働過程の視覚化とパターン

私がNotabiliaを知ったのは米国のユーザー・エクスペリエンス (UX) コンサルタント企業 Adaptive Path のブログに Kate Rutter 氏が投稿した記事からだった。彼女は Notabilia の方法を使えばユーザー・エクスペリエンス・デザインにおける集団的な合意形成も視覚化できるのではないかと考えている。

この観点で私が連想したのは井庭崇氏による慶応SFCの講義「パターンランゲージ」だ。その第10回講義は『パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則』(第14章「Wikiモードによるコミュニケーションパターン」は Notabilia と関連づけて読める)著者の江渡浩一郎との対談だ。井庭氏の講義資料では「comp.os.minix ニュースグループにおけるコミュニケーションの連鎖」や「Linux-Activists メーリングリストにおけるコミュニケーションの連鎖」と題されたグラフが紹介されている。また「創造システム理論」の一部として "Creative Systems Diagram" (創造システム図?)が提案されている。大雑把な印象を言えば、創造の「パターン」を視覚化して見出すという観点で Notabilia と似ていると思った。「創造」と「政治・統治」という違いはあるものの、どちらも「協働 (collaboration) 」「集団的な意志決定 (collective decision) 」という観点では共通点があるかもしれない。

ウェブ上の「政治」

論文の冒頭に「ピア・プロダクション・システムにおける分権的統治形態 (the decentralised governance of peer production systems) 」という言葉が出てくる。統治 (governance) という言葉が示すとおり、この研究はウェブ上の「政治学」と言えそうだ。ウェブはすでに多くの人々にとって「社会」だから、そこではみんなで意志決定するための「政治」も必要になる。Wikipedia や Facebook が「民主的」な意志決定プロセスを導入していることは広く知られているが、これは政治の真似事ではなくて、政治そのものだと思う。

「実社会」「情報社会」という二分法で「情報社会」を低く見るのは、そろそろ止めよう。むしろ Wikipedia や Facebook の統治のほうが、国家や自治体より進んでいる部分だってあるはずだ。すでにウェブ上の自治は、国家や自治体に学んでいる。逆に、ウェブに政治を学ぶことだってできるはずだ。

イメージ:非言語的な知

視覚化を担当した Stefaner は次の二点を試みたという: (1) 「カオスと秩序の緊張関係」を捉えること。 (2) セレンディピティ・インターフェイスを提供すること。「セレンディピティ」とは、例えば「本屋を散策しているときに、探していなかったのに価値ある本に出会った」といった例で説明される能力だ。セレンディピティは「ひらめき」に似て「イメージ(想像、映像)」に関する全体的な体験だ。「どの瞬間に」「何がきっかけで」「それに注目した文脈は」などと振り返ってみてもよく分からない。言語化が難しい。

バーバラ・スタフォードは『グッド・ルッキング―イメージング新世紀へ』で「言語中心主義 (logocentrism) 」を批判し、言語に劣らずイメージも十分に知的なのだと主張する。 Notabilia は知的なイメージングの好例だと思う。単に「難しい論文を解りやすく伝える手段」「論文を読めない知的に劣る人のための簡易版」なのではなくて、それ以上のものだ。「セレンディピティ」は自ら体験しなくてはならないし、得られる体験も個人的だ。

元の論文がそうであるように、(とくに理科系の)アカデミックな知は、普遍性と客観性のために属人性を廃している。一方、 Notabilia は鑑賞者の肉体や心と切り離せないアーティスティックな表現・体験を意図して設計されている。 Notabilia は学術論文にアーティスティックな解釈を施すことで、「知」を属人的な「体験」にした。アカデミックな成果を単に解りやすく伝えるだけでなく、触れて感じることから新たな知的創造を促す装置としてのイメージング・テクノロジー。その好例ではないだろうか。

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