リアルとバーチャルは対立概念ではなく、バーチャル化にはリアル化と抽象化がある

「リアル」と「バーチャル」は対立概念でしょうか。単に「バーチャル」と言っただけではそれが「リアル」の同義語なのか対義語なのかはっきりしません。

前文

次のような文章や動画を見ました:

これまでわたしは何度も、ソーシャルメディアを「バーチャル・オープン」と「リアル・クローズド」の2種類に分けて議論し、「リアル・クローズド」なソーシャルメディアが「バーチャル・オープン」をはるかに超える伝播力、熱量を持つ、と主張し続けてきた。どこのだれだか分からない人とのコミュニケーションより、リアルな友人とのコミュニケーションのほうが圧倒的に盛り上がるのは、当たり前の話だからだ。今回スタートしたMangafulDaysは、この「リアル・クローズド」に主軸を置いたサービス。これは盛り上がらないわけがないと思う。ぜひリアルな友人と一緒に参加してリアル・クローズドのパワーを実感してもらいたいと思う。

湯川鶴章

イケダハヤト「『リアル』と『バーチャル』という括りに違和感がある」

Looops.tv 第10回(2011/04/26)〔録画再生位置 00:48:30 付近〕

これをきっかけに「リアル」と「バーチャル」の対置について考え始めました。

前提

「バーチャル virtual 」は対象の "virtue" (本質・美点)を備えているという意味です〔※末註〕。 "virtual" の訳語として「事実上」「実質的に」などがあります。広く使われる「仮想」という訳語は誤訳です。例えばWikipediaにもあるように "virtual money" といえば政府発行貨幣と事実上同様に (virtually) 用いることができる電子マネーなどのことであって偽金のことではありません。

また「あらゆる観点で本質を備えている」ならばそれは「リアル real 」そのものであり区別できません。あえて「バーチャル virtual 」と呼ぶからには「どういう観点において何が抽象・捨象されているか」「何を無視したうえで実質的に同じと見なしているのか」をはっきりさせておく必要があります。

例えばネットショップを virtual shop と呼べるか否かは観点によります。もし「買える」という点を virtue とした場合には virtual shop と呼ぶことができますが、「歩き回って手にとって品定めできる」という点を virtue とした場合には virtual ではなく、それどころか pseudo や fake (まがい物)ですらありません。まったくの something else (別物)でしょう。

しかし「手にとって品定めする」ことに近い体験を実現するために、商品の3Dモデルをインタラクティブに回転・ズームして前方向から観ることができるようなインタフェイスを実現したら、とても virtual になるかもしれません。

このように「バーチャル virtual 」という言葉は観点や目的によって異なる(もっといえば「真逆の」)解釈ができてしまいます。〔さらに virtual という言葉について詳しく知りたければ末尾の捕捉をご覧ください〕

本論

では「リアル」と「バーチャル」の関係をどう考え、どう図解すればよいのでしょうか。

第一の「バーチャル」:リアリティを増す

マトリックス 特別版 [DVD] (アンディ・ウォシャウスキー, ラリー・ウォシャウスキー)

例えば没入観を得るためのバーチャル・リアリティ技術や人工現実感 (artificial reality) 技術などの意味での「バーチャル」は「リアル」の対極ではありません。逆に、限りなく「リアル」に近い状態です〔詳しくは末尾の捕捉を参照のこと〕。

この立場からは「リアル」対「バーチャル」という対置には問題があります。「リアル」を軸の一方の極に置いたとき、その対極に「バーチャル」を置くのは誤りです。軸のラベルとして「リアル化 realization 」とすれば妥当だと考えます。

realization

ここでは「リアリティ reality を増した結果」を「バーチャル」と呼んでいることになりますので、リアルとバーチャルがほぼ同義語になっています。

第二の「バーチャル」:リアリティを減らす

アメーバピグ

一方、デフォルメされたアバターによりコミュニケーションするSNSなどを「バーチャル」と呼称するのは「本質 virtue を抽出 abstract する」という意味での「バーチャル化 virtualization 」と言えます。これは混同を避けて「抽象化 abstraction 」と名付けることができます。抽象化を語る際には、何を virtue とみなして abstract しているか、その観点・目的が重要となります。観点・目的次第で virtual な要素が変わってきますので。〔前述のネットショップの例を思い出してください〕

abstraction

「抽象化」においては「リアリティを減らした結果」を「バーチャル」と呼んでいることになりますので、抽象とバーチャルがほぼ同義語になっています。また、バーチャルとリアルがほぼ対義語になっています。

結論:「リアル」と「バーチャル」の関係

  • 「リアリティを増すバーチャル技術」において「バーチャル」は「リアル」と同義語。そのとき「リアリティを増すこと」を「リアル化」と呼ぶ。
  • 「リアリティを減らすバーチャル技術」において「バーチャル」は「リアル」の対義語。そのとき「リアリティを減らすこと」を「抽象化」と呼ぶ。

冒頭で「リアル」と「バーチャル」を対置することへの違和感について言及しました。その原因は「バーチャル」と「リアル」が同義語になる場合もあることに由来するのではないでしょうか。

ここまで読んで頂ければ、単に「バーチャル」と言っただけではそれが「リアル」の同義語なのか対義語なのかはっきりしない、とご理解頂けたはずです。

提案

単に「バーチャル」と言うだけではどちらにも取れるような文脈においては「リアルなバーチャル」「抽象的バーチャル」といった区別が必要かと思います。ただ、この文章を読んでいない人にも一言で理解してもらえるような、いい言葉を見つけないといけません。提案があればぜひお願いします。

捕捉

本質や美点 (virtue)
例えば Oxford New American Dictionary には「物の良いまたは便利な性質 a good or useful quality of a thing 」、 Longman には「ある物を他の物よりもより良くまたはより便利にしている利点 an advantage that makes something better or more useful than something else 」とあります。

「バーチャル virtual」の語源

下記文章および図の出典:舘暲『ロボットから人間を読み解く』(NHK出版、1999)

virtual_etymology.png

しかし、考えれば考えるほどこのバーチャルという言葉は、大変奥の深い重要な概念です。バーチャルはバーチュー(virtue)の形容詞で、バーチューは、その物をその物として在らしめる本来的な力という意味からきています。つまり、それぞれの物には本質的な部分があって、その本質を備えている物がバーチャルな物なのです。

現実世界を近似しつくして、すべての要素を持てば現実そのものになりま すが、一般には全てを持つわけではありません。すべての要素のうちの重要な要素、すなわちエッセンスだけをもったものがバーチャルリアリティとなります。と考えると、次にその重要な要素とは何かという問題となりますが、それは目的によって違います。例えば「バーチャルヘリコプター」を、操縦士のトレーニングをするためのものとすると、飛行機などのフライトシミュ レータがそれにあたります。また、ヘリコプターに乗っている感覚を味わい楽しむためのものとすれば、それはゲームマシンのようなものになるかもしれません。輸送が目的であれば、気球のようなものもバーチャルヘリコプターといえるかもしれません。このように、目的に合致した現実のエッセンスを有するものが、バーチャルリアリティであるわけです。

明治以来このかた、バーチャルという言葉を虚や仮想と誤って訳し続けてきたのは、実はバーチャルという概念がわが国にはまったく存在しなかったためです。我が国だけではなく中国にもありません。そのことは、それを著す一文字の漢字あるいは二文字の熟語が存在しないことからも明らかです。つまりバーチャルという見方は東洋にはない極めて欧米的な概念であるといえましょう。そのため国際的にも、日本で感じている、実体のない仮想としてのバーチャルと、ヨーロッパやアメリカで考えている、見た目は違うがほとんど実物としてのバーチャルとは、話しているときは何となくかみ合っているようでも、実は全く異なっていて、互いに似ても似つかない概念を想起しているのであるということをしっかり認識しておく必要があります。このようなことを伝えていくことも大学にいる私たちの役目だと考えているのですが、言葉の概念をしっかりとつかんでないと、内容の食い違いからいつか国際的に大変なことになるのではと危惧しています。

「バーチャル」の語は、「仮想」(または、擬似)という意味で和製英語的に使われ、さらなる混乱をもたらしている。

国立国語研究所「外来語」委員会の言い換え提案でも、英語virtualは「表面上は違うが実質そのものである様子で、実質上と訳される」のに対し、外来語「バーチャル」は、「現実そっくりだが仮想の世界である様子」として用いられ、英語と意味が大きくずれていることが認められている。

東京大学の舘暲は、2005年の日本バーチャルリアリティ学会第10回大会において、バーチャルリアリティの訳語として、「201107212138.jpg現実」という語を提案した。201107212138.jpgはこのために提案された国字で、立心偏に實(実の正字体)と書き、「ジツ」または「ばーちゃる」と読む。

「仮想現実」という訳語について | バーチャルリアリティ - Wikipedia

追記:次に読んで頂きたい:なるほど、バーチャルの2つの意味、大変興味深いです。でも少し難しく感じました。そこで、たとえば「リアルなバーチャル」と「抽象的バーチャル」を体現しているwebサービスなどをそれぞれ挙げて頂けるとよりイメージしやすいのですが、なにか有りましたら教えてください

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