国家権力による価値観の規範化・内面化について(ベンチャー起業促進という大義名分における)

「ベンチャー起業促進」という大義名分があろうとも「権力による価値観の規範化」は不当です。国家に頼らず、あくまで民間での啓蒙・説得を通じて、社会における正当性を獲得しなければなりません。

日本のノベーションを促進し、経済成長を図るには、産業を新たに生み出すベンチャー企業を輩出することで、富を産むサイクルを構築することが求められる。だが、現状では、全く逆の方向に向かっている。

では、どうすれば良いのだろうか?冒頭に述べた通りベンチャー企業を生み出す方法は、具体的には、以下3点だと考えている。

  1. 価値観の醸成:「皆がベンチャーを起こしたいと思い」リスクテイクしたベンチャー起業家を称賛する文化・価値観を醸成する。
  2. 生態系の醸成:「ベンチャーが成長しやすい生態系を創り」規制緩和、民間開放、ベンチャー・キャピタルの育成。
  3. 人材の醸成:「ベンチャー起業家予備軍に適切な教育を施す」ベンチャー人材を育成し鍛える機関を増やす。

ベンチャーが輩出する環境を醸成し、成長を促せ』グロービス代表 堀 義人ブログ

グロービスは起業家輩出において偉大な存在だと思いますし、堀氏も尊敬しています。起業促進提言にも概ね賛成です。しかし批判しなければならない点が一つだけあります。それは「権力による価値観の規範化」を志向されている点です。

「その価値観の醸成や意識の変革の為に最も重要なのは、国のトップの言動だ」という言葉が問題です。民間での啓蒙・説得を通じた「価値観の醸成」は自由ですが、権力による価値観の規範化は支持できません。「価値観の醸成」の名の下に「キャリアのピラミッドの頂点は、ベンチャー起業家」というエリート主義的キャリア階級観(価値観)が規範化されることには反対します。

ここで私が問題にしているのは「権力による価値観の規範化」という一点のみです。端的に私の希望を申し上げると、民間における啓蒙・説得を通じた「価値観の醸成」をお願いします。あくまで民間の活動に止めて頂きたい。決して「国のトップ」といった権力に頼らないで頂きたいということです。

「社会の中で一番優秀な人間は、リスクを取り、ベンチャーを志せ」という文も気になりました。ここでの「一番優秀」という言葉は何を意味するのでしょうか。個別の会社における人事評価や、免許・認定・テストなどにおける「優秀さ」の明確な尺度はありえますが、「社会の中で一番優秀」とは具体的にどういう意味で、どういう尺度によるのでしょうか。

とはいえ、私はこの点を問題にしているわけではないのです。どのような人物を「社会の中で一番優秀」と考え、発言なされようと自由です。ただし、その「優秀さ」の定義は、主観的な価値観に過ぎないということを指摘しておきます。言い換えると「万人が合意する『社会の中での優秀さの基準』は無い」ということです。

そのように主観的で万人の合意は得られないような「優秀さ」の基準(価値観)を、「その価値観の醸成や意識の変革」のために「国のトップ」という権力を用いて正当化しようとすることには問題があります。首相や大臣の言動を通じて規範化するには、まだあまりにも普遍性の低い価値観です。

まさにそのような個人的な主観を、社会において普遍的な「真理」へ向けて正当化することこそ、知識創造・イノベーションの本質である。先日のグロービスにおける公開セミナーで、野中郁次郎氏はそう仰いました。そういう「正当化」をまずは民間の領域で行うことが必要なのではないでしょうか。決して権力に頼ることなく。

私は起業家であり、ほかの起業家と共に働いたり、投資に関わったりもしてきました。その立場から、堀氏の起業促進提言に「水を差す」ようなことを申し上げなければならないのは残念です。しかし、強引に目的を達成しようとしても(まさにいま私がしているような)批判にさらされるでしょう。「ベンチャー界隈の奴等は手段を選ばず政治に取り入って上手いことやろうとしてる」と不正義の烙印を押されます。再びライブドア事件発生当時のようなベンチャー批判言説が盛り上がることになります。それは目的とは真逆の結果でしょう。我々がやらなければならないことは、批判されようがない公明正大な方法で、起業の啓蒙・説得を遂行することであるはずです。

ここで私が問題にしているのは、上述の通り「権力による価値観の規範化」という一点のみであることを、改めて確認しておきます。決して「国のトップ」といった権力に頼らずに「価値観の醸成」をして頂きたい、というのが私の希望です。

それでもなお「社会の中で一番優秀」という言葉には違和感を覚えますが、それは今回の議論とは関係ありません。私の批判対象は「優秀さ」の基準(価値観)それ自体ではありません。「権力による価値観の規範化」を批判しています。提言全体についてはむしろ共感するところが多いくらいです。この批判を建設的なものとして受け止めて頂ければ幸いです。

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