なぜ就活生はOB/OG訪問すべきか:なぜ「茶会人訪問」を開発したか

「茶会人訪問」を開発しています。出身校に関係なく、登録している社会人にOB/OG訪問を申し込めるサービスです。これを開発するうえで考えてきたことを書いておきます。

はじめに

なぜ「茶会人訪問」を開発したかというと、学生が「社会人になり損ねることのないように」支援したかったからです。

「社会人になり損ねることのないように」といっても、単なる就活のテクニックや「内定獲得術」の話ではありません。もっと根本的な意味です。「社会人になり損ねる」とは「社会化のプロセスに失敗する」ということです。

社会化(しゃかいか)とは、社会学の用語で、子供や、その社会の新規参入者が、その社会の文化、特に価値と規範を身に付けることを指す。遺伝子により先天的に獲得されたものではなく、学習により後天的に獲得されるものである。 (社会化 - Wikipedia

考察を進める前に、まずは学生の就職活動を「社会化のプロセス」=「社会人としてのアイデンティティを獲得するプロセス」と定義しておきます。では考察を始めましょう。

アイデンティティの複数性

そもそも「アイデンティティ」にはどういう性質があるのでしょうか。

人は多様なアイデンティティを同時に持っています。ある一人の人物が、同時に「日本人」であり、「男性」であり、「W家の長男」であり、「X大学生」であり、「Yサークル会員」であり、「Zのアルバイト」であったりするわけです。このように「ある社会集団への帰属意識」がアイデンティティであり、人には複数のアイデンティティがあるのです。

また、人のアイデンティティは増えたり(獲得したり)減ったり(喪失したり)します。

例えば、「X大学4年生」が就職すれば「A社の社員」に変わります。前者のアイデンティティを喪失し、後者のアイデンティティを獲得するのです。「A社の社員」が転職すれば「B社の社員」になります。やはり同様の喪失と獲得が起こります。「B社の社員」が退職すれば職業上の所属先は無くなります。ここでは喪失だけがあります。また、副業を始めたり、趣味のサークルに入ったりすれば、獲得だけが起こります。こういうふうにアイデンティティは増減します。

ちなみに、すべての「属性」がアイデンティティになるわけではありません。毎日コーヒーを飲んでいる人は「コーヒー好き」という「属性」を持ちます。しかし、本人は「コーヒー好き」としてのアイデンティティを持っていないかもしれません。

(※詳しくは述べませんが、アマルティア・センの『アイデンティティと暴力』の議論を参照しています)

アイデンティティ獲得の社会的プロセス

「アイデンティティ」に関して言えることは、「アイデンティティの獲得や喪失において周囲の人々から支援を受けられる社会では人々は生きやすい」ということです。

アイデンティティの獲得や喪失を「支援」するとは、一体どういうことでしょうか(以降「獲得」に限って議論します)。アイデンティティを獲得しようとしている、つまり「変わろうとしている」人がいるとします。それを「支援」するとは、「変わった後の自分」を具体的に想像させることです。

「変わった後の自分」を想像することを「支援」するとはどういうことでしょうか。それは「変わる前の自分」「変わった後の自分」のいずれか(できれば両方)に近い人が体験談を聞かせることです。ここではそのような支援者のことを「先輩」と呼ぶことにします。

就職活動中の学生にとって「変わる前の自分」に近い人とは、例えば同じ大学の卒業生だけではありません。「学問上の専攻が同じ人」、「同じ都道府県の出身者」、「同じ部活や趣味に没頭していた人」などがいるでしょう。

学生にとって「変わった後の自分」に近いのは、志望業界や志望職種で働いている社会人です。あるいは女子学生なら「結婚退職した人」や「出産後に復職した人」などもいるでしょう。

そういった「先輩」の話を聞くことで「変わった後の自分」を具体的に想像でき、より妥当な判断につながります。「先輩」と出会う前より具体的な想像をもとに「本当にそういう風に変わりたいか」と自問自答できるので、就職の失敗リスクが減るわけです。

(※詳細は述べませんが、ドゥルシラ・コーネルの『イマジナリーな領域』や、同書の監訳者である仲正昌樹の『「不自由」論』を参照しています)

「わかる」ことで「かわる」自分

例えば、「エンジニアになりたい」といいながら、その「エンジニア」という職業のことをほとんど知らない就活生がいます。日々の生活のサイクルや、身につけたスキルや、長期的な関心事や、その仕事から得られる喜びなどといったことを理解せずに「エンジニアになりたい」と言うのは、「志望」というよりは単なる「憧れ」です。こういう就職では、ミスマッチのリスクが高いのです。

ミスマッチのリスクをゼロにすることはできなくても、減らすことはできます。そのためには、「憧れ」ではなく地に足の着いた「自分事」として将来を想像する必要があります。

その際にはメディアを通じた情報収集も役立ちますが、実際に「先輩」に会って話を聞くことが大事です。メディアを通じた情報と違って、生身の人間に対面することで豊富な知識が得られます。「分かる(わかる)」ことは「変わる(かわる)」ことです。「先輩」に出会って「自分が変わる」ような経験をすることが大事なのです。

もし学生が「エンジニアになりたい」ならば「エンジニア」の「先輩」に出会って、対面のコミュニケーションで影響を受けて、その学生自身が少しだけ「エンジニア」に向けて「かわる=わかる」ような経験をすることが大事です。言い換えれば、学生のうちに「エンジニアとしてのアイデンティティ」や「ある会社の社員としてのアイデンティティ」を少しだけ獲得することが大事なのです。

アイデンティティを徐々に獲得していくプロセス

ここで冒頭の問題設定に戻ります。何らかのアイデンティティを獲得するということは、その社会集団への帰属意識を持つということです。その内と外を隔てる壁があり、それを一気に飛び越えるというイメージを持っているうちは「社会化のプロセスに失敗する」=「社会人としてのアイデンティティを獲得するプロセスに失敗する」ことは避けられません。そうではなく、徐々にアイデンティティを獲得していくプロセスが大事なのです。

徐々にアイデンティティを獲得していくということは、その社会集団に所属している「先輩」に、そのアイデンティティの在り方について教わるということです。例えば「エンジニア」とはどういう人間なのか。それを教わって「わかる」ということは「かわる」ということ、つまり「すでに少しだけエンジニアになり始める」ということなのです。

(※「不連続な変化を避ける」「漸進的な方法でリスクを減らす」という考え方は「アジャイル」や「リーン」に通じます。私のなかでは「方法」であるだけでなく、漸進主義というべき「思想」になっています。物事を一気に不連続に変えようとすると、だいたいよくない結果になると)

結論

「壁を一気に飛び越える」ような不連続な変化には失敗のリスクが伴います。「先輩」に出会って「わかる=かわる」プロセスのなかに身を置くことで、「このまま変わり続けたら将来の自分はどういう社会人になるのだろう」と具体的に想像することができます。そういう漸進的(ちょっとずつ)なアイデンティティ獲得プロセスを通じて、地に足の着いた職業選択ができるのです。これが「なぜ就活生はOB/OG訪問すべきか」という問いへの答えです。

あとがき

最後に付け加えれば、学生でありながら「先輩」社会人との交流が多く、あらためてOB/OG訪問するまでもないような学生がいるとしましょう。そういう学生は、もちろんOB/OG訪問する必要がありません。

そういう学生は理想的な「社会化のプロセス」を経ていると言えます。例えばこういうエピソードがありました。「出版社でバイトしてるうちに就活シーズンになって、上司から『うちに来ない?』と誘われて入社した」と。昔は大手企業にもこういう人がいたそうですが、最近ではほとんど見かけません。

また、学生がOB/OG訪問したくて大学の就職課に紹介してもらってもOB/OGから返事がないとか、教員がOB/OGとのコネを持っていないので研究室やゼミのコネも使えないとか、サークルのOB/OGとの交流も希薄だとか、そういった話をよく聞きます。

学生とOB/OGとの関係が失われているのかもしれません。いや、一般論として「失われている」かどうかはともかく、「失われている」ことで苦しんでいる学生が実際にいたわけです。だから「茶会人訪問」を開発しました。

実際に利用してくださった学生からは「わかる=かわる」体験をしたという報告が届いています。その一部は訪問レポートとして公開されています。

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