「デザイン思考」が偉そうな顔をしたら「デザイン」は死ぬ

肝心の制作作業よりドキュメントワークが上位みたいになってきてる。なんとゆう本末転倒。実装しないで「思考」だけで終わる「デザイン思考」って意味あんの?

カスタマージャーニーマップとかペルソナシートとかガシガシ作ってドキュメントワークでフィーをとるようになって「デザイン思考」の「外資コンサル」化が進んでいるような気がしつつある昨今。。。(外資コンサルがダメっていう意味ではなく、典型的ダメ外資コンサルを引き合いに)

IDEOがMBA就職人気企業上位になってるのと関係あるのかもしれないな。。。(べつにIDEOさんが嫌いなわけではないけども、象徴的存在として言及)

参考:IDEOが2年連続でFortuneのMBA就職人気トップ100企業にランクイン(2010年5月25日)

最初に「デザイン思考」って聞いたとき(5年くらい前だろうか)から思ってたけど、「ロジカル思考」(というか「外資コンサル」)を連想させる。

「デザイン」を「ロジカル思考」化することで「民主化」した結果が「デザイン思考」になってる。「デザイン」が「ロジカル思考」に植民地化されてる。(*1)

参考:「デザイン思考」の神秘と欺瞞(2012年3月3日)

肝心の制作作業よりドキュメントワークが上位みたいになってきてる。なんとゆう本末転倒。

実装しないで「思考」だけで終わる「デザイン思考」って意味あんの?

非制作作業・ドキュメントワーク中心になりつつある「デザイン思考」に断固反対!!

(*1) 「デザイン」の独立性を守るためには、新たなディスコースを打ち立てる必要がある。『意味論的転回』が重要。

【追記】勢いでつけたタイトルがわりとひどいですねぇ。我ながら。「ついカッとなって書いた。いまは公開している」的な。

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