社会が生き延びるためには自由と多様性が大事なのでは?

「社会構想ってベンチャーのビジネスプランみたいなもんなんじゃないか」と思ったのです。大事なのは「いいプランを作って、プラン通りに実行すること」ではなくて、「プランを実行しながら修正し続けること」なのではないかと。それには「様々なプランを試す自由」も必要です。

第3回ラウンドテーブル(Green-Table)「workをすべての人に割り当てることはできるか?」: GLOCOM ←このイベントにさっき参加してきて考えたことを書いたのがこの文章です。

アジャイルで試行錯誤的な新規事業開発手法(リーン・スタートアップ的な手法)の実践者としては、「社会構想ってベンチャーのビジネスプランみたいなもんなんじゃないか」と思ったのです。つまり、「思った通りにならない」ものではないかとw

もちろん、新規事業にビジネスプランは必要ですが、もっと大事なのは「ビジネスプランを実行しながら修正する能力」のほうです。

計画通り

ベンチャーって、成功するにしても最初のビジネスプラン通りに成功することは稀で、だいたい大幅に転換するものですよね。

いち企業レベルでも、「ビジネスプラン」なんて、思い通りにならないものです。成功するためには、実行しながら修正するものです。

企業より複雑な「社会」は、なおさら計画通りになるわけないんだから、計画を修正しながら実行していかないといけないと思います。(このへんハイエク的)

「次の成長産業は○○だ」という議論は大事だけど、それって外れるかもしれないわけです。社会全体で「博打」をしなくてもいいんじゃないのかなあ。それって全体主義的だし。「それは成長産業にならないと思うよ」って思う人はどうすれば? 民主主義的「正義」で少数派は黙殺されるのかしら?

ぼくはこう思います。具体的な「実装」レベルの「○○型社会」という社会構想も大事だけど、実装を生み出す「手法」としての「進化適応し続ける社会」(進化適応型社会)の実現こそ大事じゃないかなあ、と。

アダプティブ(適応能力がある)なら、最初のプランが間違ってても、なんとかなる確率が高い。進化的に生存しやすい。

「社会を二つのレイヤーで考える」というわけではありません。「次の社会を生み出す社会」って、「生み出す社会」が「生み出される社会」に対してメタであったりしません。単に「変わる」ということを言っているわけですね。なので「自己生成的」(オートポイエティック)ということですね。(このへんルーマン的)

「自己生成力」を高めるには自由度が大事です。様々な試行錯誤が行われた結果として成功するものが現れる。生態系における進化のプロセスのように。だからルール(規制)でがんじがらめになってる社会は生成力が低い。ってベンチャー投資界隈の隅っこにいながら感じてます。(このへんジットレイン)

「社会の自己生成力を高めることによって進化適応力を高める」ことが大事なんじゃないかなーと。

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