World IA Day 2013 東京に参加しました

World IA Day 2013 Tokyo に参加して、矜持を持つハードコアIAを増やさなければ、という思いが強くなりました。

World IA Day 2013 Tokyo に参加しました。

インフォメーション・アーキテクトの矜持

「スキル」としての「インフォメーション・アーキテクト」?

「会社での肩書き」としての「インフォメーション・アーキテクト」?

まあそれもいいんですけれど、ぼくとしては、スキルや肩書きとは関係なく、矜持を持って、職業的アイデンティティとして

私はインフォメーション・アーキテクトです

と名乗る人が増えてほしいと思ってます。

ハードコアIA

「矜持のあるインフォメーション・アーキテクト」を「ハードコアIA」と呼ぶらしいです。

World IA Day 2013 を終えて « IA Spectrum

IAAJ(情報アーキテクチャアソシエーションジャパン)の代表である長谷川氏はしばしば、

「僕とか浅野さんみたいなハードコアIAは〜」

とおっしゃるのですがw、カンファレンス後に会場で行なう懇親会の場でいろいろな方と実に面白いIA的ディスカッションをさせていただいて、ハードコアIAは自分だけじゃないのだ、と非常に心強く感じました。

ぼくも「ハードコアIA」です。そして思うんです。

われわれインフォメーション・アーキテクトは、社会に対する責任を、十分に果たせているでしょうか?

有事の政治活動

「非実在青少年問題」で専門家が記者会見したように。

「医薬品ネット販売問題」ではケンコーコムとウェルネットが行政訴訟を起こしたように。楽天がネット署名活動を推進したように。

インフォメーション・アーキテクトという職業集団は、特定利益集団(SIG)として政治活動にコミットすべき局面に来ていると思うんですね。

こういう有事に即座に行動するためには、ふだんからコミュニティがあることと、(程度の差はあれ)組織化されていることが肝要ですね。

IA Association Japan(IAAJ)The Information Architecture Institute(IAI) がその受け皿になっていくんでしょうね。

平時の政治

有事の方が、まとまりやすいんですね。より難しいのは平時の政治活動です。

例えば、ビッグデータとプライバシーに関するルールづくりとか。

例えば、ソーシャルメディアと企業におけるハラスメントに関するルールづくりとか。

例えば、アクセシビリティの啓蒙活動とか。

インフォメーション・アーキテクトは、個別の企業(とくに自身の勤め先)の利害を超えた、社会的正義の観点からの提言をしていく責任があると思います。

建築家は、社会を語ってます。政治にコミットしています。議員や首長が何人もいます。

情報建築家は、社会を語っていますか? 政治にコミットしていますか?

とか、そんなことを考えるのです。

あらためて、インフォメーション・アーキテクトの責任とは?

ポイントは『「(情報)アーキテクト」原論』に書いてます:

「インフォメーション・アーキテクト」(情報建築家)の元祖はリチャード・ソール・ワーマンです。

建築家は人間の生活環境を構想、提案、設計する職業です。ワーマンは情報爆発の時代における人間の生活環境を危惧しました。情報の氾濫から〈人間〉を守るために、建築家が情報空間もデザインの対象とすべきだと考え、「情報建築家」を名乗り、様々な情報デザイン・プロジェクトを手掛けました。

例えば、Understanding USAという仕事では、データ・ビジュアライゼーションやインフォグラフィック(と最近呼ばれるような)などの情報デザイン手法によって、アメリカ合衆国に関する統計データをデザインしました。

また、有名なTEDカンファレンスを立ち上げたのもワーマンです。『それは「情報」ではない。』という著書も有名です。

ワーマンはアーキテクトとして近代的な責任の取り方をしたように見えます。TEDのように象徴的な「モニュメント」によって人々を統率するようなアーキテクチャをデザインしました。そのような建築思想からルイス・カーンの影響を感じます。ワーマンはカーンの薫陶を受けています。

結局、リチャード・ソール・ワーマンは、「情報建築家」である前に「建築家」であったと言えるでしょう。文字通り「情報空間を専門とする建築家」の意味で「情報建築家」と名乗ったのです。

(...)

情報空間は資本主義的・拝金主義的な動機だけに駆動された乱開発の対象になっています。インフォメーション・アーキテクト(情報建築家)は情報空間の開発に思想と倫理を持ち込むことができる職業です。

インフォメーション・アーキテクトは、建築家(アーキテクト)としての職業倫理(エシクス)や規律訓練(ディシプリン)や言説(ディスコース)を取り入れて、社会的責任を果たすべきではないでしょうか。わかりやすく言えば、建築家になる必要があるのではないでしょうか

インフォメーション・アーキテクトのなかの、どれほど多くが、「アーキテクト」たりえているでしょうか? それがぼくの問題意識です。

ほかには、酔っぱらいみたいな文章ですけど、『ウェブ開発における価値の訴求』にも言いたいことを書いてます。

あと、イベントのメモは『World IA Day 2013 東京に参加して』に書きました。

リンク

追記

こんな風にも考えています:

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