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先端研究集団OVALLINKのクローズドイベントに参加してきました。今回はラウンドテーブル形式の勉強会でした。これが濃密で面白かった。その場で発言しようと思ったものの、考えているうちに終わってしまいましたので(笑)、ハッシュタグ#ovallinkをつけてツイートしました。それへのリプライもまとめてTogetterに掲載しました。

以下、私のツイートのみ掲載しておきます:

忘れないうちに #ovallink ラウンドテーブルについて。森祐治氏の講演にて、メディアビジネスにおける不可避なアンバンドリングと、積極的リバンドリングの指摘。後者は消費者視点で新たな価値の創造。同意見。まさに人間中心手法の出番。
posted at 00:00:15

HTTP/HTMLはソースコンテンツをいじらない。マークアップによりリンクして、ブラウザ側で再構成する思想。HTML5もその延長。ブラウザ側でなんでもできるようになると、著作権の隣接権について検討が必要。 #ovallink
posted at 00:07:06

デジタルデフレ(デジタル化によるメディアビジネスの縮小)はかならず起こる。そのとき、バリューチェーンのどこに金が落ちるかという配分変化の話と、バリューチェーン全体として効率化により消えるコストと付加価値がある。区別したい。 #ovallink
posted at 00:09:52

電子書籍化で、積ん読が減ると売上は落ちる。雑誌もマイクロ化されて記事毎の販売などになると購読が消えて「積ん読」同様に売上が落ちる。ただ、書籍にも(雑誌の様に)広告を入れることができる。 #ovallink
posted at 00:11:51

本、雑誌、映像、音声、ゲーム、写真、アート、、、コンテンツのボーダーレス化が進む。それに従い「我々が売っている価値は何か」と問うか、それに抗い「フォーマットの価値」を再定義するか。無作為はあり得ない。 #ovallink
posted at 00:15:00

コンテンツを消費する時間の有限性。可処分時間と可処分所得。上限があるのにデジタルデフレが来れば縮小しかない、と悲観するだけではだめ。時短、CMスキップによりテレビの消費量は増えうる。音声も同様。 #ovallink
posted at 00:18:40

読書時間に一定の上限があるゆえに購入点数も一定、という前提も疑おう。Kindleのソーシャルマーカー機能による読書のニコニコ化とも言うべき体験は未来を考えたいよい材料。書籍ではなく読むこと。名詞bookでなく動詞readingをデザインしよう。 #ovallink
posted at 00:21:04

「読み順」を時刻情報と共に「録画」して、そのメタデータを販売するという可能性。橋本大也さんの読み方が(電子ピアノの演奏データリプレイのように)手元で再現する。それにいくら払う人が何人いるか。プロ読書家の可能性。 #ovallink
posted at 00:24:35

書籍やウェブページなどタイムラインがないコンテンツはランダムアクセス可能だし消費速度は自由。音声は時間拘束的だが「ながら」消費可能。映像は没入(苫米地氏的には洗脳装置)。なおタイムラインも時短やダイジェスト可能。 #ovallink
posted at 00:28:14

ユーザー体験にフォーカスして新しい価値を作ることも考えよう(中嶋淳氏)。同意。超同意。それしかない。技術志向のまぐれあたり狙いはシリコンバレーに勝てない。それ以前にそんなR&Dできる資本体力もうないでしょ。 #ovallink
posted at 00:30:30

どんな巨大企業でも一社ではとれないようなリスクをとる、シリコンバレーという「R&D機関」。規模に劣り、周回遅れで、動きの遅い日本の大手企業が、それを模倣して勝てるはずがない。技術中心主義では無様に負ける。 #ovallink
posted at 00:34:36

ぼくの考えでは、HTML5にDRMと決済を「オープンに」組み込む方法が編み出されて、それに集約されるのではないかと、長期的には。そのときHTMLは6かも。 #ovallink
posted at 00:38:09

百万部を超えるSweetの工夫は物流ハックとギャザリング #ovallink
posted at 00:45:53

電子書籍化により漫画喫茶はカラオケ化。実売課金、実売印税。JASRAC登場? http://bit.ly/9vT2Vc #ovallink
posted at 00:50:28

こんな濃い勉強会は #ovallink だけ http://www.ovallink.jp/ とか言ってみたりして
posted at 00:55:30

デジタルデフレへの対策は、突き詰めれば一つだろう。「我々は何を売っているのか」をゼロベースで考えること。紙とかデジタルとかテキストとか音声とか映像とかは表層でしかない。 #ovallink
posted at 01:05:16

メディアそのものに消費者はなんの価値も置いていない。メディアは透明で無料であるのが本来で、必要悪。消費者が欲しいのはコンテンツ。ザッツオール。コンテンツの話がメディアの話にすり替わりがち。提供者倫理。その先に未来は無い。 #ovallink
posted at 01:07:50

「物理層」的な狭義の「メディア」に消費者は価値を置かない。ただ、コンテンツに近い層の「メディア」は消費者が認識する価値を作れる。それにはユーザー中心デザインが活かせるはず。 #ovallink
posted at 02:24:52

昨晩の #ovallink の話に関連して。電子書籍の「ページをめくるという時代錯誤」 - ZEROBASE Journal http://bit.ly/8YZZbi
posted at 15:56:30

XML/HTMLでデータとして配信してブラウザで再構成するという考え方ならデザインは不要なのか?という発言があった。そうは思わない。第一に、テキストデータもデザイン可能。第二に、雑誌的な図面はデザイン必須。 #ovallink
posted at 16:00:20

コンテンツにおいてデザインは経営マターとして扱うべき重大な問題。見方を変えれば、そうしていない企業にとっては伸びしろ(成長余地)。デザインで新聞が復活した例 http://bit.ly/8Y7sgA #ovallink
posted at 16:01:27

PDFかEPUBかという話から始めない。landscapeかportraitか。テクストかイメージか。感情か論理か。コンテンツとコンテナの関係を原理的に考える http://bit.ly/dhFuzn #ovallink
posted at 16:06:46

なぜ、テクストを書く万人と、HTMLをマークアップする専門家に分かれるのか。WYSIWYGのUIで適切かつ妥当なマークアップをするソフトウェアが無いから。ただ、テクノロジの問題ではない。 #ovallink
posted at 16:37:18

そのようなオーサリングソフトがデザインできたとしても、実際にそれを使ってテクストを書いてもらわないといけない。それも含めて、デザインの問題。テクノロジの問題ではない。 #ovallink
posted at 16:38:13

スタイルとセマンティクスが分かれているのはテクノロジの都合であってユーザーには関係ない。使いやすいものが使いたい。ならばスタイルとセマンティクスを合わせればいい。それだけのことだろう。そこにWYSIWYGのパラダイムシフトは必要だが。 #ovallink
posted at 16:40:57

テクストから視覚情報を取り除いた状態で読み書きするリテラシー。ある意味では抽象度が上がるわけだが、そもそも文字より先に音声があったし、我々は紙とペンをPCに置き換えてきた。その程度のシフト。 #ovallink
posted at 16:48:33

そういうシフトを起こす際に、テクノロジの都合ではなく、ビジネスの都合ではなく、ユーザーの都合で考えていきましょう、というのが私の立場。ユーザー体験デザインとかユーザー中心デザインというのはそういう立場。 #ovallink
posted at 16:52:13

テクストから視覚情報を除いて読み書きするリテラシーは、ツイッターのユーザーなら持ってる。その程度であって、何ら特殊な能力ではない。誰にでもできる。ただ、そのためのデザインがまだないだけ。 #ovallink
posted at 16:57:32

誤解されがちだが「テクノロジの都合ではなく、ビジネスの都合ではなく、ユーザーの都合で考えていきましょう」というのはテクノロジやビジネスの軽視ではない。消費者団体的な主張でもない。イノベーションでの金儲けを長年考えた結果。 #ovallink
posted at 17:04:27

なお、通常は「次世代メディアセミナー」の名前通り、セミナー形式のイベントです。今回ラウンドテーブル形式の勉強会になったのは特別でした。

IDCやGartnerは「ウェブタブレット」や「メディアタブレット」と呼ぶようです:

 従来、モバイルコンピューティングデバイスのカテゴリはサイズで分けられていた。ディスプレイサイズが3~5インチのものはスマートフォン、5~7インチのものはモバイルインターネットデバイス(MID)、7~10インチのものはタブレットという具合だ。

 しかし分類の残り半分は、機能セット、つまりそのデバイスで何ができるかによって決まる。Gartnerによると、真のタブレットとは5インチを超える薄型デバイスで、「Windows」「Mac OS X」「Linux」といったフル機能のOSを搭載するものだという。

 IDCでは、タブレットを「メディアタブレット」と「タブレットPC」に分けている。タブレットPCは、x86プロセッサとデスクトップOSを搭載し、ディスプレイのサイズが5インチから21インチまでのものとされる。IDCのアナリストRichard Shim氏は、見た目に反して、「タブレットPCはPCだ。タブレットPCには実際の制約はない」と言う。
FAQ:タブレットの定義とは--各社のタブレットデバイスを比較 - CNET Japan

Steve Jobs氏によれば、「iPadはコンピュータではない」そうです(同記事より引用):

Steve Jobs氏によれば、iPadはコンピュータではないという。iPad発表時、Jobs氏はこれを「全く新しいカテゴリのデバイス」と呼び、ネットブックがやろうとしていたことをすべて、ただし「よりうまく」こなすものになると述べている。もちろん、多分にマーケティングのための言葉にすぎない面があるだろうが、部分的には正しいことを言っている。つまり、iPadはノートブックほどの機能はなく、ネットブックでもなければ、「iPod」や「Kindle」のように1つの用途に特化したものでもない。

私も同意見です:

iPadは (1) 余暇の姿勢に適した形状 (2) 画面を直接触って操作する易しいユーザーインタフェイスによって、〈パーソナル・コンピューティング〉の地平を広げるでしょう。

iPad(タッチ式タブレット)が拡張する生活 - ZEROBASE Journal

「ウェブタブレット」という名称は悪くないと思います。そのうち「ウェブレット」と略されたりして。

Twitterはアプリケーションでありつつも、むしろインフラのレイヤーでその地位を確固たるものにしようとしているように見えます。それはおそらく妥当な戦略ですが、迷走している部分もあります。

アノテーション機能

ツイートにアノテーション(Twannotationsというメタデータ)を持たせることが可能になるそうです。市場競争の結果(自生的秩序)として標準が定まっていく、デファクト・スタンダード指向の緩い規格提案のようです。microformatsを連想させます。

アノテーション機能の重要性はこれから用途が模索されるなかで明らかになっていくでしょうが、一つ指摘すれば、これはインターネット・メールにMIME(Multipurpose Internet Mail Extension)規格が拡張されたのに匹敵するインパクトです。メールにファイルを添付できるのはMIME規格のおかげですし、HTMLメールも同様です。また、MIME規格はHTTPの基礎にもなりました。メールのリッチ化にとって重要な規格だったわけですが、まさにツイートのリッチ化においてアノテーション機能は重要な役割を果たすでしょう。

さらに重要なのは、アノテーションには何を入れても良い、とKrikorianが書いていることだ。Twitterはデベロッパーが始めるにあたってある程度推奨することはあっても、制限は一切しないつもりのようだ。

Twitterプラットフォームの長期戦略

また、Twitterプラットフォームの長期戦略概要が発表されました:「長期的ユーザー体験が第一」―Twitter、サードパーティーのタイムライン内広告を全面禁止

Twitterはまた注釈(アノテーション)機能のローンチに伴って、Twitterプラットフォームを利用するスタートアップにとってきわめて大きなビジネスチャンスがもたらされるはずだと指摘した。

スパム広告によりユーザー体験が損なわれることを禁止するのも、通信会社が回線品質を気にするだけでなく、その内容まで責任を持とうとするようなものです。携帯電話会社が青少年に不適切なコンテンツのフィルタリングをするような。

Twitter〈プラットフォーム〉という自己規定

この「アノテーション機能」と、今回の「長期戦略」の発表、いずれも〈インフラ〉や〈プラットフォーム〉としての自己規定が現れています。Twitter社はあくまでプラットフォーマー。その上のレイヤー(アプリ)については他者(サード・パーティー)に任せる、というスタンスです。

〈プラットフォーム〉に徹しきれない危うさ

ただ、気になるのは、これと相反する動きです。Twitterは公式iPhoneアプリをリリースしました(TweetieというiPhoneを買収したのち改造して)。これは〈プラットフォーマー〉という公式の(あるいは客観的な)立場を、自ら揺るがせるものです。iPhoneやAndroid向けにTwitterアプリを開発しているサード・パーティーは不信感を抱きかねません。公式アプリの不在がサード・パーティーの公平な競争環境の基礎だったのです。私ならサード・パーティーの疑心暗鬼を払拭するために、早急な公式見解を発表するでしょう。今後のTwitter社の発表から、こういったことも読み取れるはずです。

プラットフォーム化の帰結

将来的にはTwitter上に新たなプラットフォーム・オン・プラットフォーム(つまりTwitter上の何か;something on Twitter)が登場する可能性があります。これはアーキテクチャの生態系がそのように発展してきたし、おそらくこれからもそうであるから、という予想です。

そして、「上」のレイヤーに新たなプラットフォームが登場しても、Twitterの事業が致命的な打撃を受けるわけではありません。急成長を終えて成熟・衰退していくでしょうが、長期的には「金のなる木」として利益率を高めていくことも可能でしょう。この場合、Twitterにとっての脅威は、自身と同じレイヤーの競合、具体的にはFacebookなどです。また別の可能性としては、P2P型などの分散型プラットフォームの登場により、自らがthe Twitterという絶対強者からone of Twitter platformsに格下げ(相対化)されることです。

ともあれ、今後Twitterと連携するアプリケーションやプラットフォームを開発していくならば、Twitterの長期的戦略やロードマップを意識しておいたほうがよさそうです。

アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか
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iPadを契機に〈タッチ式タブレット〉という製品カテゴリが立ち上がる可能性があります。〈タッチ式タブレット〉は、従来の「コンピューティング」の枠を超え、生活に入り込めるものです。膨大な「ノン"PC"ユーザー」が、日常的に、当たり前に、生活の一部としてウェブを活用し始める契機になるでしょう。

※追記(2010年6月11日)iPad的製品カテゴリの名称は? →「ウェブタブレット」など。

お断り:本記事ではパーソナル・コンピューティングの側面(とくに仕事以外での)について論じています。

余暇と姿勢

私はCrunchPadが巨大ビジネスになるとは始めから思っていなかった。ソファにのんびり座ってインターネットを楽しめるような手頃なタブレット・コンピュータが欲しかっただけだ。

Michael Arrington

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さて、iPad発表の前に、TechCrunchがCrunchPadというデバイスを開発していました。プロジェクト自体は発売前に残念な事件がありましたが、そのコンセプトは素晴らしいものでした。

ソファにのんびり座ってインターネットを楽しめるような手頃なタブレット・コンピュータ

なぜこのコンセプトが素晴らしいか?

それは、ウェブサイトや動画コンテンツを楽しむための〈姿勢〉・〈身体性〉に着目しているからです。とくに、仕事や作業ではない、純粋に余暇のためのデバイスというコンセプトの新しさです。

※それ以前にもChumbyなどの様々なデバイスが提案されてきましたが、iPadは初の大規模成功事例になるでしょう。

"PC"の暗黙の前提

「従来型のPC」あるいは「狭義のPC」の特質を確認しておきます。

我々は、ウェブサイトにアクセスしたり、動画を視聴したり、という行為(余暇的コンピューティング)を"PC"という道具で行ってきました。それが当たり前でした。我々には、"PC"か携帯電話か、二通りの選択肢しかなかったのですから。

しかし、"PC"や携帯電話を用いたそれらの行為には無理がありました。そのことは、iPadやCrunchPadなどの「タッチ式タブレットデバイス」が提案されることで浮き彫りになりました。

携帯電話における無理矢理さは、端的にその画面の小ささに由来します。

無理な姿勢

PCにおける無理矢理さを考える上では、まずPCがどのように設計されているかを確認する必要があります。

PCは"VDT (Visual Display Terminal)"とも呼ばれますが、事務作業の道具です。

  • 人間工学的に長時間の作業に適した姿勢をサポートするデスクとチェア
  • デスクに水平に設置された入力装置(キーボードとマウス)
  • デスクに垂直に設置された出力装置(画面)

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図版引用元:VDT Workstation Design Guidelines | Environmental Health and Safety | University of Pittsburgh

さて、そのうえで、次のように考えてみてください。

我々は常にデスクで雑誌を読むでしょうか?

我々は常にデスクでテレビを観るでしょうか?

多くの人はリビングのソファで、あるいはベッドに寝ころんで、雑誌やテレビを楽しみます。もちろん、デスクを使うこともあるでしょうけれど、気分(モード)に応じた姿勢を自然に取ります。くつろぎたければ、自然とソファに腰掛けたりするものです。

これで"PC"や携帯電話による余暇的コンピューティングの「無理矢理さ」がお分かりになったでしょう。我々は事務作業のための"PC"によって余暇的コンピューティングを楽しんでいました。例えばYouTubeを視聴したり。しかし、それは「行為に適していないデバイス」で無理矢理に行っていたに過ぎない、と言えるのではないでしょうか。

余暇のリラックスした姿勢とは、ソファに深く腰掛けたり、ベッドに寝そべった姿勢です。そのような姿勢でデスクトップPCを用いることはできませんし、ノートPCも不自由です。(実際にやってみればすぐ分かることです)

また、そのようなリラックスした状況に適しているのがタブレットデバイスです。iPadでYouTubeを視聴する体験は(PCでのそれに比べて)素晴らしいものです。

タブレットの再発見

ここで疑問を持たれるかもしれません。「これまでもWindowsのタブレットPCはあった。どう違うのか?」と。これまでのタブレットPCは、あくまで事務作業の道具でした。余暇のためのデバイスではなかったのです。

iPadは単にタッチ式タブレットというだけではなく、「余暇に重きを置いたデザイン」によって新たなコンピューティングの領域を切り開く点において革新的なのです。iPadはリビングやベッドルームでのんびり使うのに適しています。Safariでウェブサイトを読んだり、YouTubeで動画を見たり、電子書籍を読んだり。

「ノンPCユーザー」とユーザーインタフェイス

iPadは、キーボードアレルギーの人でも使える〈パーソナル・コンピューター〉になるでしょう。

ここで本記事初の〈パーソナル・コンピューター〉という表記を用いました。ここまで"PC"という表記で意味していたのは、狭義の、従来型の、事務機器としてのPCですが、それは〈パーソナル・コンピューティング〉の一側面に過ぎません(オフコン→ミニコン→ワークステーション→PCというOA史における「一人一台」化)。そこでは〈パーソナル・コンピューティング〉の余暇的側面が失われています。

もちろん自宅で余暇のために"PC"を用いる人々は日本に数千万人いるでしょう。しかし、そうしない人々も同じく数千万人いるでしょう。"PC"ユーザーはあたかも飽和したかのようですが、自宅における余暇としての〈パーソナル・コンピューティング〉がどれほど飽和したと言えるのでしょう? iPad後の情報通信を考える上で、この広大な未開拓市場に思いを馳せないわけにはいきません。

iPadは、この点でも革新的です。このブログを読んでいる方々は、当たり前にキーボードを使いこなしていると思いますが、キーボードを触りたくないという人は少なくありません。そして、ウェブのコンテンツを楽しむだけなら、キーボードは大して必要ないはずなのです。

したがってデバイスの設計としてはiPadのようにソフトウェア・キーボードで十分です。また、ウェブサイトのほうも、なるべく煩わしいキーボード入力をせずに楽しめるナビゲーションをデザインしていくことができます。

画面を直接触って操作する。このユーザーインタフェイスの革新は、もっと人々に寄り添った〈パーソナル・コンピューティング〉の契機となるはずです。

まとめ

iPadは (1) 余暇の姿勢に適した形状 (2) 画面を直接触って操作する易しいユーザーインタフェイスによって、〈パーソナル・コンピューティング〉の地平を広げるでしょう。

メッセージ

iPadを始めとするタッチ式タブレットデバイスの登場によって、ウェブ・アーキテクトは生活に寄り添った提案をする機会を与えられました。この大変革の時期に、次のパーソナル・コンピューティングを定義するのは我々です。有意義な仕事をしましょう。

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概要:雑誌には「コミュニティの軸」という役割があります。新書は書籍でありながら、雑誌的なフォーマットです。ウェブについて語る書籍は、雑誌的になりやすい傾向があります。よって、ウェブについて語る新書は(雑誌の役割である)「コミュニティの軸」という役割を果たしやすい。「コミュニティの軸」の担い手は、雑誌においては編集部という組織でしたが、書籍(新書)においては著者・編集者という個人になります。